月へとのばす指
【4】
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まだ六月だというのに、なぜこんなにも暑いのだろう。
今日の久樹は、営業回りで始業後すぐから外に出ていた。
同じ予定の社員が多かったようで、社用車がタイミング悪く全部使用されていたため、電車で回らざるを得なかった。駅から二十分ほど歩かねばならない顧客の事務所もあり、梅雨の晴れ間の快晴の中をけっこう歩く羽目になった結果。
久樹は今、駅のベンチで座り込んでいた。喉が渇き、頭がふらふらして立ち上がる気力が湧かない。本社に戻ってからの多忙、それによる疲れも手伝ってなのか、ひどく気だるかった。
他路線への乗り換えができる、中継駅のホームだから自動販売機はいくつもある。だが、そこまで歩いていくだけの気も今は起きなかった。できることならベンチの上に寝ころんでしまいたいが、さすがに、人目があるしそれはできない。
(……まいったな……)
今日はまだ予定が残っている。時間には余裕があるとはいえ、いつまでも座り込んではいられない。わかっていても、どうにも体を動かせなかった。
いったいどうしたものか、とぐらぐらする頭を押さえながら考えていると。
「あの、どうなさいました?」
優しげな、やわらかな声が降ってきた。ここで聞くとは思っていなかった声に、驚きを隠せず顔を上げると、相手も、素直に驚きを表した顔になる。
「あ、藤城次長……ご気分が悪いんですか」
「え……」
倦怠感と頭痛で応じられずにいると、いつかのように唯花は、手をそっと久樹の額に当てた。彼女の顔に浮かんだ驚きが、さらに深まる。
「熱がありますよ。何か、飲む物はお持ちですか?」
答えを声を出す気力はなく、かろうじて首を横に振る。すると唯花は一度その場を離れ、しばらくして、ペットボトルを手に戻ってきた。
近くの自販で買ったのだろう、水滴の浮くスポーツドリンクのボトルを、唯花は久樹の首の左側に押しつけてきた。冷たさが染み込んでくるようで、頭痛がわずかながら弱まったように感じられる。
しばしの後、ボトルを額から離して唯花はその蓋を開け、久樹の手に握らせた。
「飲んでください。ご気分が悪いかもしれませんが、少しずつでもいいので」
あれほど喉が渇いていると思ったにもかかわらず、唯花の言うように今は気分が悪くて、口を付けるのもおっくうだった。