月へとのばす指
だが唯花が手を添えて「さあ」と促すので、断るわけにもいかない。努力して腕を動かし、ペットボトルからスポーツドリンクを少し、口に流し込んだ。
一度水分を感じると、喉の渇きがよみがえってきた。同時に、体が水分を求めている事実が、実感として湧き上がってくる。一気に飲もうとした久樹の動きを、唯花が手と声で制した。
「あまりいっぺんに飲まないでください。ゆっくりで」
言われた通り、一口分ずつを含んでから、飲み下す。そうしているうちに、体が感じていた乾きが少しずつマシになるような気分になってきた。飲み口から唇を離した時には、五百ミリリットルのボトルの中身は、半分ほどになっていた。
「これ、額に当ててください」
と差し出されたのは、冷たい濡れハンカチ。おそらく唯花の物であろうハンカチには、彼女に似合いそうな、紫ベースの小花模様が全面に散らされていた。
「いや、大丈夫」と言いかけた久樹の声を、唯花がぴしゃりと遮る。
「ダメです! ちゃんと冷やさないと」
断固とした口調で言われ、さらにはまた、ハンカチごと額に手を当てられた。内心慌てふためいて、ハンカチを持つ手を自分のと交換する。
額に感じる冷気が、じんわりと頭に染み込んでいく。次第に、ぐわんぐわんとシンバルを鳴らすようだった頭痛が治まり、火照っていた感覚も弱まってきたように思えた。
何分ぐらい、そうしていたのだろうか。
その間、唯花はずっと、ベンチの隣に座ってくれていた。
のみならず、いつからか背中にそっと、手を添えてくれていた。額に感じたのと同じ、細くて小さな、けれど優しさに満ちた手のひら。
体調が悪いというのに、そこだけは妙に、心地よい気がしていた。そして唯花が隣に座っていることにも、緊張より、今は安らぎを強く感じていた。彼女がそばにいると感じるのが、とても安心する……
顔を上げて隣を見ると、唯花の張りつめたような表情が、少しゆるんだように思った。
「ちょっと楽になられたみたいですね」
そう言って微笑んだ彼女に、反射的にどきりとする。
ああ、彼女の笑った顔はどうしてこんなに──きれいで、可愛いのだろうか。
「次長、これからまだご予定があるんですか」
「……あ、えっと、外回りが、二時に約束」
スマホで時計を見たらしい動きの後、唯花がふうと息を吐く。