月へとのばす指
管理職仲間──と言っても久樹より全員、五歳以上年長だが──と外に出て昼食を取り、会社に戻る。
まだ昼休みが終わるまでには間があったので、久樹はひとり、休憩室で時間をつぶそうと思った。休憩室は各フロアにひとつ設置されており、広さの違いはあれど自販機とソファの並んだ休憩スペース、喫煙コーナーがある。
エレベーターに乗って、十階のボタンを押してしまったのは、何気なくだったのか故意だったのか、正直自分でもわからない。他に乗る人のいないエレベーターはゆるゆると上昇し、チリンと音を鳴らして十階にたどり着く。
フロアの廊下は、若干の人の行き来はあるが、静かなものだった。休憩室はエレベーターホールとは反対側にある。
両隣に並ぶ、経理部と総務部の扉の前を通り過ぎた。ちらりと総務部の文字を見てしまったのは、自分でもどうしようもない衝動だ。
漠然とした思いを抱えつつ、休憩室のガラス扉を開けて、久樹は固まった。曇りガラスで存在の見えなかった先客と、目ががっちり合ったためである。
「次長? どうか……」
思わず首を横に振った久樹に、相手は「あ」と口だけを動かして応じる。
「藤城さん、どうかなさいました?」
水のペットボトルを手に、唯花は目を丸くしたままそう言った。彼女がそう尋ねるのは当然である。営業部のフロアは五階から七階だし、会議がよく行われる大会議室も、十階にはない。久樹がこの階にいる理由は非常に限られる。
「あ、その。ちょっと総務、じゃなくて経理に用があって」
やや不自然な口調の苦しい説明だったが、唯花は特に変には思わなかったようで「そうですか」と返してくる。
彼女が今、ここにいるとは思わなかった。偶然見かけられればいい、という願望がないわけではなかったが、それなら食堂へ行くか、無理にでも理由を作って総務に行く方が普通は確実だろう。だがどちらもせずにここへ来たのはなぜだろう。もしかしたら虫の知らせというやつだろうか。
よくはわからなかったが、結果的に唯花に会えた行動を取った自分に、久樹は内心でガッツポーズをした。
「……ええと。悪いけど、隣に座ってもいいかな」
「? はい、どうぞ」
首を傾げはしたものの、唯花は微笑んで応じてくれた。
手近な自販機で缶コーヒーを買い、ソファに腰を下ろす。