月へとのばす指
スマートフォンをいじる振りをしながら隣に目をやると、唯花も自分のスマホを操作していた。
……彼女は、何に興味があって、どんなサイトを見ているのだろう。
ふと思った──自分は、唯花のことをろくに知らない。
知っているのは外から見えることと、わずかな噂だけだ。彼女の趣味も好きなことも、家族のことも、何も知らない。
けれど、彼女が隣にいると、自分はひどく安心する。緊張しないわけではないのだが、存在を感じているだけで、心が満たされるのだ。
だから、唯花のことをもっと知りたい。彼女を知って、近しくなりたい──自分の、特別な存在になってほしい。
「館野さん」
「はい」
呼びかけて、唯花がこちらを振り向いた瞬間、心臓の鼓動が速まった。耳にまで振動が伝わり、音が間近で聞こえる。
今さらだが、もしかしたら告白するのはこれが初めてかもしれない。これまでは女性から声をかけられることが圧倒的に多くて、自分から努力する必要はほぼ無かったから。
そんなことを考えたせいで、ますます鼓動が速まり、強くなったのがわかる。心臓が口から飛び出しそうな心地とはこれのことか、と頭の隅で妙に冷静に思った。
「あの、何か?」
と言って小首を傾げる唯花が、とてつもなく可愛らしい。この可愛さを、優しい彼女を、独り占めしてしまいたい。
「…………その、付き合ってくれないかな」
やや長すぎる間の後、久樹はようやく言ったが、絞り出すような声になってしまった。「え?」とさらに首を傾げた唯花は、言われた意味がわからなかったのか、声を変に思ったのか、どちらだろう。
その答えはじきに判明した。唯花がこう聞き返してきたからだ。
「──ああ、買い物とかにですか? どなたかにプレゼントでも買われるんですか」
彼女が言う「どなたか」は間違いなく女性を想定しているだろう。久樹が、気になる相手か彼女のためにプレゼントを買おうとしているが、女性の物はよくわからないから唯花にアドバイスを求めていると、そう思ったらしい。
「私はかまわないですけど、お相手が気になさいませんか」
「い、いや違う」
「はい?」
焦った気持ちのまま否定し、勢いで、ソファの上に置かれた唯花の左手に自分の右手を重ねる。唯花は息を飲み、次いでまじまじと久樹を見つめた。
その目を見返して、彼女の目は誰よりも、どんな宝石よりも綺麗だ、と思う。