月へとのばす指
唯花が手を引っ込めようとする前に、久樹は畳みかけるように言葉をほとばしらせた。
「俺と付き合ってほしいんだ。男と女として……できたら、結婚前提で」
言った。言ってしまった。もう後戻りはできない。
見開いた目をますます見張って、唯花は、こちらに視線を向けたまま固まっている。その驚きの具合から、自分がいかに男として意識されていなかったか、察せられようというものだ。しかし男として、ここで退くわけにはいかない。
久樹は辛抱強く、唯花の次の反応を待った。
何十秒、何分ぐらい、そうしていたのだろう。
唯花がふいに表情を困惑にゆがめ、目を伏せた。
「あ、あの、私……」
その反応が良くない兆候に思えて、久樹は心が折れそうになる。だが懸命に支えて、新たに言葉を紡いだ。
「驚かれて当たり前だと思う。君にとって俺は、顔見知りでしかないだろうし。……けど本気なんだ。君が好きだ。結婚したいと思うぐらい。
今ここで、すぐに答えを出さなくてもいいから。じっくり迷ってからでいいから。俺とのこと、真剣に考えてくれないか」
想いを余さず口に出して、大きく息をつく。
……唯花は今、何をどんなふうに、考えてくれているのだろう。困惑の去らない表情を見ていると、不安が消えない。
彼女をこれほどに戸惑わせていることに対しては、後悔の念が湧いてくる。けれど自分の想いは嘘じゃない。だから、真剣にぶつけた。どれだけ迷っても、たとえ結果が否定に傾こうとも、唯花にも真剣に考えてほしかった。
「館野さん、ほんとに今でなくてもいいから」
「い、いいえ」
久樹が再度注釈しかけた時、唐突に唯花は、顔を上げた。まだ戸惑いは残っているものの、久樹を見る目は、明確に何かを決めた色をしていた。
「今、お返事します。申し訳ありませんが、お付き合いはできません」
はっきりと断られると、反射的にやはり傷つく。振られた事実をできる限り冷静に受け止めつつ、久樹は尋ねた。
「どうして?」
唯花はまた目を伏せた。理由は言いたくないのか。
「俺のこと、男としては見られない?」
「…………っ」
さらに問うと、唯花はなぜか、歯を食いしばるような仕草を見せた。引き結ばれた唇が震えている。
気のせいか、泣き出しそうにも見えた。どうしてここで、彼女が泣きそうになっているのだろう。
「私、……私は」