月へとのばす指

 久樹の持ち物を見やり、功貴はにやりと笑う。

「兄として恥ずかしくない格好で出てくれよ」
「当たり前だろ」
「そうだ、ついでだから未来の義姉も連れてきたらいいぞ」
「は?」

 思わず問い返すと、功貴はさらに笑みを深めた。

「聞いたんだろ、見合いの話。見せろよ」
「え、あ」

 はっとした時には写真台紙を奪われていて、取り返そうとする前に見られてしまった。

「へえ、上品そうな(ひと)じゃん。いいんじゃないのか」
「何がだよ」
「そりゃ未来の社長夫人としてだよ。俺が結婚すんのに兄貴には婚約者もいないとなると、やっぱ親父だって周りに気を使うだろ」
「関係ないだろ」
「俺だって、嫁と仲良くしてくれそうな(ひと)に義姉になってほしいしな。その(ひと)だったら」
「言っとくけど」

 功貴のお喋りを、久樹はぴしゃりと遮る。

「俺は見合いをするつもりはない」
「へっ、なんで」
「………………」
「ああ、総務の彼女か」

 したり顔でうなずいた功貴は、今度は意味ありげに口の端を上げる。

「けどさ、彼女、男と付き合わないってんで有名なんだろ。落とす自信あんの?」
「……おまえに関係ない」
「あーなるほど。断られたけど意地になってんだな」

 面白そうに図星を突かれて、何も言い返せなかった。どうしてこの弟は昔から、無駄に勘が冴えているのか。

「まあわかるよ、美人だし可愛い(ひと)だもんな。見込みは薄いと思うけど頑張れよ、兄貴」

 からかうように言い、久樹の背中を叩いて、功貴はようやく去っていく。ちょうど到着したエレベーターの中へと。
 書類カバンを持っていたところからすると、どうやら外回り前だったらしい。そんな合間に身内をからかうとは、良くも悪くも余裕のある奴である。

 今さらのように久樹は、今いる場所がエレベーターホールである事実を思い出した。殴られたような思いで周りを見回すと、行き交う社員の誰もがちらちらとこちらを見ている。

 ……先ほどの、功貴とのやり取りを、誰にどこまで聞かれたのだろう。
 ほどなく、見合いの件が社内中に広まるであろうことを、覚悟しないわけにはいかなかった。
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