月へとのばす指

 ピンポーン、と二度目の呼び出し音を聞きながら、最近は通販で買い物もしていないし、荷物が届く心当たりはない、と唯花は結論づけた。いったい何だろう。

 何にせよ、今の格好では出迎えができない。宅配なり郵便なりの配達物なら、不在連絡票が入るはず。そう思って、部屋の前にいるに違いない人物が去るのを待った。

 すると、ドアノブをガチャガチャと回されて、ぎょっとする。思わずスマートフォンの通話アプリを起動させた。
 警戒していると、扉の外にいる人物はガサガサ、ガタリという音を立てた後、去ったようだった。部屋の前から遠ざかっていく足音を聞きながら、唯花は安堵の息を吐いた。

 その後、戻ってきたりしないかどうか、念のためしばらく様子をうかがう。十分ほど経っても何も起こらないため、ようやく外を確認する気になった。万が一何かあった時のために、着替えは済ませてある。

 そっと玄関扉を開け、隙間から外を覗く。少しずつ扉を開いていき、顔を出した。廊下には誰もいない。
 もう一度安堵の息をついて、唯花は半身を外に出した。先ほどから扉が立てている、コツコツガサガサという音の確認をするために。

 外側のノブに、紙袋とビニール袋が掛けられていた。
 ビニール袋の中身は、ミネラルウォーターやゼリー飲料、おにぎりにサンドイッチに果物。スーパーかコンビニで買ったものだろう。紙袋は有名洋菓子店のロゴ入りで、中の白い箱を開けると、プリンが三個入っていた。
 そして箱の陰に隠れるように、一枚の紙片──名刺だ。

『営業部 次長 藤城久樹』

 それを見た途端、唯花の呼吸は一瞬止まった。


 総務部の部屋に入ると、カウンターの一番近くに座る女子社員が振り返った。途端に眉根を寄せ、立ち上がる。

「今日は何でしょうか?」

 うんざり、と太字で書いてあるような顔で尋ねてくる。
 その応対も無理はなかった。この一週間、たいした用もないのに毎朝、計ったように同じ時間に来ているのだから。

 もちろん、久樹にはそうする理由があった。とはいえ毎日同じ理由で来るわけにもいかないから、何とかかんとか口実を作りつつ。
 今日用意した口実は「有休申請の用紙が足りないから補充したい」というものだった。その通りに言うと、応対した社員は「お待ちください」と返事をしつつも、胡散臭そうに久樹を振り返る。
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