月へとのばす指
一週間ぶりだからそう言ってもおかしくはないだろう。
実際、彼女の出勤を待ち続けたこの一週間は、その何倍にも長く感じられた。
久樹がベンチに座った途端、反射的になのか意図的になのか、唯花は左端ギリギリにまで座る位置をずらした。彼女の驚きと戸惑いの大きさが察せられたが、久樹はあえて、距離をさらに数十センチ詰める。
引きつった表情のまま唯花は目をそらし、地面をじっと見つめた。
「風邪引いて熱出したって聞いたけど、……その、大丈夫だった?」
「──はい」
少しの間の後、唯花はそう答える。だがその少しの間に、あの夜の出来事が体調不良の一因だった、と言われているような気がしてならなかった。途中から手加減を忘れてしまったあの行為が、初めての彼女に負担にならなかったはずがない。
申し訳ない思いをあらためて感じながら、続けて尋ねる。
「あの、それと」
「プリンと食べる物、ありがとうございました」
「ああそれ──受け取ってくれてたのか」
次の質問を遮るように、置いてきた見舞いの品に対しての礼を言われた。「ちゃんと食べられた?」という久樹の問いに、唯花はうなずきを返した。目はそらしたままで。
沈黙が訪れた。空は晴れているのに、自分たちの上にだけどんよりとした雲が浮かんでいる。そんなふうに感じてしまう、薄暗く重い雰囲気が漂う。
数秒後、沈黙を破ったのは唯花だった。
「あの、ご用がそれだけなら失礼します」
短く言って立ち上がろうとした唯花の、右手首をすかさず掴んだ。ベンチに引き戻された彼女は、思わずといったふうに久樹を振り返る。ひどく困った表情で。
……唯花は、あの夜のことを後悔しているのだろうか。
そうとしか思えないような反応に、胸がキリキリと痛む。
誰とも付き合わないと有名だった唯花が、自分にはその体を許してくれた。それは、彼女本人がどう言おうと、いくらかは特別な好意のある証だと思っていた。
けれど、実は違うというのだろうか。
また顔をそらしてしまった唯花に、久樹は呼びかける。
「唯花」
ぴくりと、掴んでいる手首が震えた。
「先週のことだけど」
「…………」
「俺、あの夜だけで済ませられそうにない。君のこと、やっぱり本気で好きだって思い知ったから。
頼む。もう一度俺との付き合い、前向きに考えてくれるわけにはいかないか」