月へとのばす指
院内に戻り、集中治療室のあるフロアのナースステーションで、詰めていた看護師に唯花の実家と両親の勤め先の連絡先を伝えた。
断りを入れて、久樹はもう一度だけ集中治療室の前まで行き、窓の向こうを見た。
ベッドに横たわる唯花は、静かに目を閉じている。苦しそうに見えないのが幸いだったが、点滴や医療機器を繋がれている様はやはり痛々しい。
何か伝えたかったが、思うことがありすぎて言葉がまとまらなかった。それにいずれにせよ、今の彼女の状態ではどうしようもない。いつ意識が戻るかもわからないのだ。
ちょうど様子を見に来たらしい、先ほどの医者に「会社に戻ります」と伝え、その場を後にした。
外に出て、今何時だろうとスマホで確認すると、午後三時に近い。空腹をまったく感じなかったので、そんな時間だとは思わなかった。今から会社に戻っても、中途半端にしか仕事はできないだろう。
考えて、久樹は実家に行くことにした。もちろん自分の。
父親とはさっきの電話で話をした。大ざっぱに経緯を伝えるとかなり厳しく叱責されたが、思うようにしろと言ってもらった。
あとは母親に話す必要がある。母親にも最初は怒られるだろうし、ショックも与えてしまうかもしれないが、納得してもらえるまで諦めないつもりだ。
久樹は建物を振り返り、唯花の回復をもう一度念じてから歩き出した。
……目が覚めると、病室だった。
久しぶりに会う母が、記憶よりやつれた顔でのぞき込んでいた。その状況で、唯花は自分が発作を起こしたことを思い出した。
搬送された当初は集中治療室に入れられ、油断のできない状態だったという。その時にもしかして誰かが付き添っていたかと尋ねると、主治医は少し間を置いて「藤城という男性がおられましたよ」と答えた。
──ああ、知られてしまったのか。そう思った。
胸に痛みを感じた時、久樹がすぐ近くにいたことは覚えている。ほどなく気を失ってしまったからその後は想像するしかないけれど、彼の性格ならば、人に任せるよりも自分が付き添うことを選んだだろう。実際、その通りだった。
そして唯花の状態、病気についても、聞いたに違いない。
……できるなら、知られたくはなかった。社内でも知っているのはほんの一部の人間だけだ。持病があることで変に気遣われたり同情されたりしたくはなかったから、知る人には漏れなく口止めをしてきた。