月へとのばす指
ベッドの反対側にはテーブルを挟んで二人掛けのソファが二つあり、壁際には冷蔵庫だけでなく小さなキッチンユニット。付き添いのための簡易ベッドまで備え付けられている。
唯花の意識が戻るまでの二日間、母親はこの部屋で寝泊まりしたという。昨夜は、会社の様子を見てくると言って実家に帰った。
だがそれにしては、到着が早い気もする。実家からこの病院までは、電車の部分だけでも最低二時間、さらに徒歩で合計三十分はかかるはずだ。
「顔色がいいわね、唯花。よかったわ」
「うん、今は大丈夫だけど……来るの早くない、お母さん」
疑問を口にすると、母親は「ああ」と応じて説明した。
「藤城さんの所の運転手さんが、車で送ってくれたのよ」
「えっ?」
「昨日の夜もなの。唯花が目を覚ましましたって連絡したら、お母さんもお疲れでしょうからお宅まで送らせますよ、って言われて。申し訳ないとは思ったんだけど」
母親の表情から察するものがあり、唯花は尋ねた。
「もしかしてこの個室……社長、じゃなくて藤城のおじさんの手配?」
「そうなのよ。普通の個室になるはずが、落ち着いて養生した方がいいからって、手配してくださってたみたいで」
お礼が思いつかなくて困るわね、と本当に恐縮してつぶやく母親を見ながら、唯花は「藤城のおじさん」、今は勤め先の社長である人物を思い浮かべた。
唯花の父親と藤城社長は、中学から大学まで同じ学校だったと聞く。クラスも学部も違ったが、高校でともにテニス部に入ったのを機に意気投合して、付き合いが深まったのだそうだ。
社会人になってからも親交は続き、時期を同じくして結婚以後は、家族ぐるみの付き合いとなった。唯花が小学校二年生か三年生ぐらいまでは、年に数回、子供連れで互いの家を行き来していた記憶がある。
母親の父、唯花の祖父が病気で家業を引退し、父親が継ぐことになって引っ越してから実際に会う機会はなくなったものの、互いの両親は電話や手紙で折に触れてのやり取りを続けてきたという。
そういう次第で、藤城夫妻は、唯花の病気についても発覚当初から知っていたという。唯花が高校三年生の頃のことだ。
発病した年はまともに学校に通えず、当然ながら大学受験もできずに留年。大学も二度にわたって休学したため、卒業できた時には二十五歳になっていた。