月へとのばす指
【8】
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エレベーターの扉が開いた瞬間、久樹は駆け出していた。一緒に乗っていた社員、およびエレベーターホールにいた社員の視線が一斉に集まるのを感じたが、気にしている余裕はまったく無い。というより、気にしようとも思わなかった。
行き先は当然、この十階フロアの一室しかない。
総務部のドアを引きはがす勢いで開くと、ここでもまた、室内にいた全員の視線が同時に集まる。
互いに目配せをしていた数人の女子社員の中から、受付カウンターに一番近かった者が、仕方なくというふうに近寄ってきた。
「どうかなさいましたか」
「館野さんは?」
わずかに息を切らせつつ久樹は尋ねた。先ほど飛び込んだ時に部屋を見回して、いないことは確認している。
「やっぱり」と「またか」をない交ぜにしたような表情で、女子社員が小さく息をつく。それから質問に答えた。
「館野は今、社長室に呼ばれていますが」
「社長室?」
「はい、社長直々に……あ」
最後まで聞かず、総務部を飛び出す。エレベーターホールに全速力で引き返し、もどかしい思いで上に行く機を待ち、飛び乗った。
二十二階で降りると、社長室から父親と第一秘書、そして唯花が連れ立って出てくるところだった。エレベーターから走り出てきた久樹に当然ながら全員が気づき、そろって目を丸くする。
「なんだ久樹。血相を変えてどうした」
短い沈黙を破ったのは父親だった。その声に含まれる驚きは少ない。久樹がこうやって社長室に突撃してくるのを、予想していたような口振りである。
「……館野さん、なんで」
会社を辞めるのか、と続けようとしたが、父親の「ああ、唯花ちゃんは退職の挨拶に来てくれたんだ」という発言によってさえぎられた。
そしてその言葉で、噂が裏付けられてしまった。
「私の紹介で入社したからな。お世話になったのに申し訳ないって」
「本当に、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いや、迷惑なんか何もないさ。体を大事にしなさい」