月へとのばす指
叫んで問うた久樹に対し、唯花はあくまでも穏やかで、そして淡々としていた。
「私たち、もう会うべきじゃないんです。
藤城さんに好きだと思ってもらえて、嬉しかった。
女として求めてもらって、本当に幸せだった。
だから、それで終わりにするべきだって」
「……意味がわからない」
「藤城さんは、お家の跡取りでしょう。普通の、健康な女性をお嫁さんにもらって、子供を作るべき立場の人だから──私みたいな不完全な女は、ふさわしくないんですよ」
唯花の穏やかな笑みが、ほんの少しだけ、くしゃりと歪んだ。
「社長だって、藤城さんのお母さんだって、それを望んでるはずです。そうでしょう?」
「……そう、かもしれないけど、でも」
「ね、だから、私はいなくなる方がいいって思ったんです。藤城さんに、人生を間違えてほしくないから」
唯花の発する言葉が、きりきりと久樹の胸を刺す。
……間違える?
間違いってなんだ。
自分が唯花を愛したことは間違いなのか?
少なくとも彼女は、そんなふうに思っているのか。自分自身のことを、不完全な人間だと──
しばらくの沈黙の後、久樹は口を開いた。
「君が、どう思ってるかは、よくわかった」
唯花は目元をゆるめて、ほっとした表情を浮かべた。
「よかった。わかってくださったんですね」
「だから、俺が思ってることを、今度は聞いてほしい」
「え、……ええ、いいですよ」
戸惑ったように応じた唯花の前に、久樹はひざまずく。
頭上で、驚きに息を呑む音が聞こえた。顔を上げ、彼女の両手を取り、一世一代の覚悟で告げた。
「君を愛してる、唯花。俺と結婚してほしい」
握っている唯花の手が、ぴくりと震える。
驚いた顔に、徐々に、困惑が混ざっていくのがとてもよくわかった。
「…………、あの、藤城さん。私の話、聞いてました?」
「もちろん」
「だったら、そんなこと言うなんて」
「君の考えてることはわかったよ。だけど、それで俺が君をあきらめるかどうかは、別の話だろう」
こちらの言葉を否定しようとしたであろう唯花をさえぎって、久樹は言った。
「俺は、君をあきらめる気はないんだ。どんな事情があっても──寿命が短いって言うのなら、なおさら、最後まで一緒にいたいと思う」
「…………」
「君は違うのか。俺のことを想ってくれてるなら、俺の願いを叶えてくれる気はないのか?」