聡明なインテリ総長は、姫を余すことなく愛したい
翠の身も心もまるごと全部愛したいと思っているのに、自分が愛してもらえる人間だとは到底思えない。
「…紫呉様、あと五分ほどで到着いたします」
タクシー運転手からミラー越しにそう伝えられ、小さく頷く。
今日呼び出されたということは、俺の御役御免を合図されたと言っても過言ではない。
今日さえ乗り切れば、翠と放課後を過ごす時間は今まで以上に多くなるだろう。
もっと翠といられる時間が増えると思うと、自然と口角が上がっていくのが自分でもわかった。
「我ながら単純すぎるな…」
目まぐるしく変わる景色を窓越しにぼんやり見つめながら、気がつけば脳裏に浮かんだ翠の笑顔に意識が集中していて、無意識にそう零していた。
考えすぎて本当に大切なことを見失うくらいなら、いっそ単純に生きていたいと思う。
“本当に大切なこと”が何かなんて、考えなくても分かりきっているのだから。
…今の俺の中には、翠しかいない。
美しい景色を見れば翠が隣にいてほしいし、美味しいものを食べたのなら翠にも共有したい。
俺の世界を回しているのは、誰がなんと言おうと翠だ。