らんらんたるひとびと。
「わたくしの一族は代々、ある(・・)貴族に仕えるという決まりがありまして。それは、初代がその貴族に命を救ってもらったことから始まります。それ以来、誠心誠意を込めて私たちは(あるじ)に仕えてきました。私は、とある主の侍女として仕えることが決まっていました」
「主って女の人?」
 間髪入れぬ白雪姫の突っ込み。
「いいえ…坊ちゃまです」
 坊ちゃま…という言葉に胸の奥がザワザワとする。
 ジェイを見ると、ジェイは死んだような目でシナモンを見ている。
「その主というのが…まあ…やんちゃな方でして」
 やんちゃ…と言って言葉を濁すシナモンに。
 私は何となく理解する。
 だが、無頓着な白雪姫は「やんちゃって、どんなあ?」と突っ込む。
「私をハエ叩きで叩いたり、『虫ごときが!』と罵倒したり、学校の宿題を押し付け、時には水槽に私を沈めて…」
「いや、もう言わなくていいから!!」
 思わず叫ぶ。
 シナモンは無表情だ。
 ジェイは、自分から質問したくせに青ざめた顔でシナモンを見つめている。
 白雪姫も呆然としている。
「流石に、命の危険性を感じまして…このままじゃ死んでしまうと」
 シナモンは淡々と話すので、こっちがぞっとしてしまう。
「ねえ、シナモンさん。そんな問題児ならさ。親とか周りの大人に相談しなかったの?」
「しましたよ。でも、我慢しろの一言です。私たちは生まれたときから運命が決められているのだから。死にかけようが、死のうが…主に仕えるのが生まれながらの宿命ですから」
 怒ったような、泣きたいような表情をするシナモンに。
 ジェイは顔を真っ赤にしている。
「ですが、そんなわたくしを救ったのがツバキ団長でした。私の窮地を見かねたツバキ団長が周りを説得して団長の家の侍女として引き抜いてくれたのです」
「ツバキ団長って、スペンサー家と繋がりあるんだっけ?」
 小声で白雪姫がぼそっと言うと。
 ジェイが「おいっ」と白雪姫に肘鉄を喰らわす。
 国家騎士団の頭脳班でナンバー2の地位であるツバキ団長のことだ。
 侯爵家と繋がりがあっても何の不思議もない。

「ジェイ様」
 シナモンはジェイ様を真っ直ぐと見つめる。
「ご職業柄、わたくしのことを疑うことは最もなことです。ですが、ジェイ様のお立場のようにわたくしにも立場があり、かつての主人のことをベラベラ喋るわけにもいかないのです。ですが、わかってください。わたくしは、ツバキ団長に命を救われたのです。決して、裏切ることはありません」
 ガタン、ゴトン。
 一気に静かになって、電車の音だけが耳に入る。
 ジェイは「すまなかった」とシナモンに頭を下げる。
「シナモンさんが嘘をついてないことはわかったよ。ごめんね、こんな疑り深いやつで。不愉快な思いさせて悪かった」
「いいえ、そんな謝らないでください」
 ジェイとシナモンのやりとりを見ていて。
 心から、騎士団って職業は厄介だなと思う。
 私は事務職だったけど。
 戦場を経験しているジェイは、人間関係を常にクリアにしていかなきゃ、明日が見えてこないんだろうな…。
 平気な顔して身近な人間が裏切るのはよくあることだそうだ。
 だから、10代でひ弱なシナモンさえも疑ってしまう…

「シナモンちゃん。俺が守るからな」
 気づけば、白雪姫がシナモンの両手を手に取り、目をキラキラと輝かせている。
 私とジェイは無言で白雪姫を殴ったのであった。
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