らんらんたるひとびと。

「ホムラ様こそ、どうされたんです？」
　ホムラ…と呼ばれる男は、こっちをちらりと見た後。
「鈴様に頼まれて、エアー様を迎えに来ました。アスカ様方、面談を済まれた方は速やかにお帰りください。ここにおられても邪魔です」
　邪魔…とはっきりと言われてアスカ嬢の顔が赤くなる。
「な…わたくしに邪魔と・・・」
「こちらの言う事を聞いてもらえない場合は評価の減点となります」
　減点…という言葉に「ごきげんよう」と言ってアスカ嬢とそのゆかいな取り巻き達は去って行った。

　へえ…。
　髪の毛からしたたる水滴を手ではらってホムラさんを見る。
　侯爵令嬢に媚びることなんて一切ない毅然とした態度だ。
　細い目の下には隈を浮かべ、木賊(とくさ)色の瞳がぎょろりとこっちを向く。
「大丈夫ですか」
　ダイジョウブ…まさか心配されるとは思わなかったので「何が？」と低い声が出る。
「鈴様を巡る争いは、時に人を傷つけることがあります。中には、嫌がらせを受けて自ら命を絶った女性もいますから」
「…なるほど」
　10歳から騎士団になるべく、厳しい訓練を受けてきた身として。
　どこかで、女を捨てて生きてきた。
　頑丈…と言われ。「か弱い」という言葉は無縁だった為、
　ホムラさんが心配してくれるのが、変な気分だった。
　目の前に立つ男は、純粋に私を令嬢として扱ってくれる。
　思いつめたように見えているのだろうか。

「エアー様」
「おいっ、ホムラー。どこにいる」

　私とホムラさんは同時に声のするほうを向いた。
　どどどどどっという足音は２人だった。
　見ると、鈴様とシナモンは並走してこっちにやって来る。
「エアー様、大丈夫ですか」
「おい、ホムラ。一体、どこまで探しているのだ」
　２人が同時に喋りだす。
「シナモン、ここ立ち入り禁止じゃ？」
「どうされたんです、エアー様」
　質問を無視してシナモンが慌ててポケットからハンカチを出した。

　やっべえ…侍女が勝手に入ってきたら怒られるよなあ…と鈴様たちを見る。
「おまえがいつまでも帰ってこないのが悪い」
「…本当に落ち着きがない方ですね」
　主にも関わらず、ホムラさんが毒を吐くと鈴様はぎゃいぎゃいと文句を言う。
　ホムラさんがやれやれという顔をしていると、鈴様がやっとこっちに気づいた。
「む？　そこのご令嬢。ズブ濡れではないか」
　シナモンには目もくれず、鈴様と目が合った。
「ホムラ、おまえまさかこのご令嬢を濡らしたのか」
　…何でそうなる！？

　鈴様の盛大なる勘違いに「いえ・・・ちがいます」と言ったが、声を被せるようにホムラさんが大きくため息をついた。
「そうですよ。私の不注意でご令嬢のお召し物を濡らしてしまいました」
「なんだとー！　貴様、あれだけドラモンド侯爵に、ご令嬢は手厚く対応しろと言われているではないか！」
　鈴様はホムラさんを指さして怒鳴る。
　ぎゃいぎゃい怒る鈴様はまるで小さな子供のようだ。
「お言葉ですが、鈴様。部下の不手際は上司の責任でもあります」
　鋭い目でホムラさんが鈴様を見た。
「なんだ、おまえ。自分の失敗を私に押し付けるというのか！」
「いいえ。普段から侯爵に言われていることです。部下を守ってこそ上は成り立つと。お疑いになられるのなら、今から侯爵に訊きにいきましょうか」
「ドラモンド侯爵は忙しいとわかっているだろうが！！！」

　完全に２人きりだけの会話に、ぽかんとするしかない。
　鈴様ってクールなイメージがあるけど、こんなによく喋る人だったとは…。
「エアー嬢、部下が大変失礼なことをした」
「えっ」
　鈴様は上着を脱ぐとそっと、私の肩にかけた。
　甘い花の…良い匂いがする。
「宿泊している施設まで送らせていただく」
「え、大丈夫です。遠いですし」
　手をぶんぶんと横に振るが、鈴様は出入口の門のほうへ勝手に歩き出した。
「鈴様、ご令嬢とちゃんと歩幅を合わせるんですよ」
　ホムラさんが大声で言うと、鈴様は「知っとるわい」と両手をあげて怒る。
　いいんだろうか…シナモンを見ると、シナモンは満面の笑みで頷いた。