人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

1.悪役姫は、未来を予言する。

 まるで一枚の絵画を鑑賞しているようだと、リベール帝国皇太子ロイ・ハートネットは自身の目の前に座る美しい女性を含めたその風景を見てそんな感想を抱く。
 先日結婚式をあげ妻となった彼女は、それほどまでに美しく、今にも消えてしまいそうなほど儚くて、現実離れした存在にロイの目には映ったのだ。
 ロイは立場上嫌になるほど人の悪意に晒されながら生きてきた。
 だから大抵の人間とは対面で言葉を交わせば、おおよそその為人を把握する事ができたし、嘘も真意も見抜くのは得意とする方だった。
 だが、彼女アリア・ティ・キルリアだけは、まるで幻のように何一つ掴めていなかった。
 彼女が異界に生きる空想上の生き物だと言われても信じてしまいそうだ。
 馬鹿げた妄想だと分かっていながらもそう思うほどにロイにとってアリアは得体の知れない存在だった。
 新緑の間からこぼれ落ちる陽の光を受けて、アリアの美しいシャンパンゴールドの髪が柔らかく輝いていた。
 彼女の出身国キルリア王国の特産物であるロゼワインを連想させる淡いピンク色の瞳が、申し訳なさそうに微笑む。

「殿下」

 形の良いアリアの唇から、歌を紡ぐように音が発せられる。

「私がどれほど焦がれても、殿下が私を愛する日は未来永劫、決して来ません」

 アリアのその声は法廷で真実を述べるように淡々としたものだった。
 ロイは必要があれば色目も使うし、優しくもする。飴も鞭も嘘もリップサービスも使いこなして相手から情報を抜くことも懐柔することも日常だ。
 だが、確かにアリアが言う通り誰かを愛した事などただの一度もありはしない。アリアとの結婚も国益のための政略結婚でしかない。

「安心なさって? 殿下が誰も愛せない人間、と言う意味ではありません。殿下に愛を教える相手が、そして殿下が愛を囁く相手が私ではないというだけのことなのです」

 アリアは自分の目の前に座っていると言うのに、まるで自分の知らない誰かの話をしているかのようだ。

「まるで、未来でも見通せるみたいだな」

 アリアは洗練された動作で音もなく紅茶を一口飲むと、まるで一級品の人形のような笑顔を浮かべる。

「ええ。実は私、未来を知っているのです。全て、ではないですけれど」

 どこまでが真実で、どこまでが冗談なのか、アリアのその表情からは全く読み取れない。

「確定した未来などつまらないな」

「信じてくれなくて、いいですよ。頭のおかしな女の戯言だと流してくださって結構です。でも、私の予言は当たりましたでしょ? 既に2度も」

 どうやったのかは、皆目検討もつかない。だが、確かにアリアは2度未来を予測し、当てたのだ。そして、彼女の予言のおかげで大ごとにならず秘密裏に危機が回避できた。
 そうでなければ、わざわざアリアの元に足を運ぼうなどと思わなかったのも確かだった。
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