人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「あそこは、殿下の正妃つまり皇太子妃の住まいですから。その務めを果たさない私が立ち入っていい場所ではないのです」
アリアはぽつりとそんな事を口にする。
「ほら私、皇太子妃としては支持率も評価も氷点下でしょう?」
「改善はしつつあるぞ」
特に若い世代を中心に、アリアの評価やその働きに惹かれるものは多い。
「でも、アリアの懸念はそれじゃないだろ?」
ロイは足を止めて隣にいるアリアを見る。
「俺は、アリアの気持ちが知りたい。嫌だと思う事でも、怖いと思っていることでも。結婚した夜に、泣きながら俺に謝っていた理由も。知りたいんだ」
アリアはロイから落ちてくる言葉に静かに耳を傾ける。
「俺にはずっと、アリアが自分で自分を罰しているように見える」
アリアの頑ななまでの態度は、見ているこちらが痛くなるほどに物悲しく、このままではきっといつまで経ってもその罪悪感が消える事はないのだろうとロイは思う。
ロイはそっとアリアに手を伸ばし、指先で彼女の頬を撫でる。
「これから先、長い人生をずっとそれを抱えて生きていくつもりか?」
アリアの抱える気持ちは全てアリアのものだとしても、少しでもアリアの抱える罪悪感を軽減できる方法があるならなんでもしてやりたい。
そう思うのに、その方法がわからない。
「……長くは、ないかな」
風がアリアの言葉を攫っていく。長いシャンパンゴールドの髪がはためくのを見ながら、アリアは言葉を紡ぐ。
「ロイ様だってご存知でしょう? 魔剣の所持者が……私が長く生きられない、ということは」
アリアは軽い世間話のようにそう口にする。聖剣とは違い、魔剣は起動していようがいまいが常に魔力を喰らう。
魔力を魔剣に喰らい尽くされれば所持者は命を落とすし、魔剣の力に耐えられなければ体内の魔力回路が焼き切れ命を落とすことになる。
「荊姫は特に大喰らいで、あの子の所持者の平均寿命は30前後。私など、とっくに人生折り返してますよ」
アリアはなんて事ないようにそう告げる。それは、この世界の覆らない常識だ。
アリアは生まれつき魔力保有量がかなり多く、魔力耐性も強い。その上キルリアの王族のみに発現する特殊魔法を継承しているので、簡単に荊姫に魔力を喰い尽くされることはないだろう。
だが、それでも現在進行形で刻々とそして確実に魔力は荊姫に捧げられている。
そうでなかったとしても、とアリアは思う。
「私が長く生きられないのは、きっと私の天命なのでしょう」
1回目の人生でも2回目の人生でも、魔剣なんて関係なく20代前半でその生を終えている。
きっと3回目、処刑されなかったとしてもやはり自分の生は長くないのではないかとアリアは思う。
「短命。それだけでも十分、私は皇太子妃に相応しくないし、きっと子どもだって」
アリアは言葉を止めて、困ったように微笑む。1回目の人生で授かることができなかった。それは、きっと王族としては致命的だ。
「どうせ短い命ならキルリアから出なければよかった。家族の元で、限りある時間を大事に過ごせばよかった」
なのに、帝国のロイとの縁談が持ち上がった時に愚かにも夢を見てしまったのだ。
どうせ短い命なら、魔剣所持者だという事を隠して、好きな人と恋をしてみたいだなんて。
そんな事を思わなければ。
「……そうしていたらきっと」
嫉妬に駆られてヒナを傷つけることも、ロイに憎まれることもなかった。
たとえ、今世で違う人生を辿っているのだとしても、1回目の人生で自分が犯した罪はなくならない。
誰も覚えていなくても、アリア自身が覚えている。
あの時の仄暗い感情も、断罪されたときの光景も。全部、確かに覚えているのだ。
「私には、あなたに優しくしてもらう資格なんてないんです」
アリアの目から涙が落ちる。
「私は、何もあなたに返せない」
ごめんなさいとアリアは小さくつぶやいて、流れ落ちた涙を乱暴に拭った。
アリアはぽつりとそんな事を口にする。
「ほら私、皇太子妃としては支持率も評価も氷点下でしょう?」
「改善はしつつあるぞ」
特に若い世代を中心に、アリアの評価やその働きに惹かれるものは多い。
「でも、アリアの懸念はそれじゃないだろ?」
ロイは足を止めて隣にいるアリアを見る。
「俺は、アリアの気持ちが知りたい。嫌だと思う事でも、怖いと思っていることでも。結婚した夜に、泣きながら俺に謝っていた理由も。知りたいんだ」
アリアはロイから落ちてくる言葉に静かに耳を傾ける。
「俺にはずっと、アリアが自分で自分を罰しているように見える」
アリアの頑ななまでの態度は、見ているこちらが痛くなるほどに物悲しく、このままではきっといつまで経ってもその罪悪感が消える事はないのだろうとロイは思う。
ロイはそっとアリアに手を伸ばし、指先で彼女の頬を撫でる。
「これから先、長い人生をずっとそれを抱えて生きていくつもりか?」
アリアの抱える気持ちは全てアリアのものだとしても、少しでもアリアの抱える罪悪感を軽減できる方法があるならなんでもしてやりたい。
そう思うのに、その方法がわからない。
「……長くは、ないかな」
風がアリアの言葉を攫っていく。長いシャンパンゴールドの髪がはためくのを見ながら、アリアは言葉を紡ぐ。
「ロイ様だってご存知でしょう? 魔剣の所持者が……私が長く生きられない、ということは」
アリアは軽い世間話のようにそう口にする。聖剣とは違い、魔剣は起動していようがいまいが常に魔力を喰らう。
魔力を魔剣に喰らい尽くされれば所持者は命を落とすし、魔剣の力に耐えられなければ体内の魔力回路が焼き切れ命を落とすことになる。
「荊姫は特に大喰らいで、あの子の所持者の平均寿命は30前後。私など、とっくに人生折り返してますよ」
アリアはなんて事ないようにそう告げる。それは、この世界の覆らない常識だ。
アリアは生まれつき魔力保有量がかなり多く、魔力耐性も強い。その上キルリアの王族のみに発現する特殊魔法を継承しているので、簡単に荊姫に魔力を喰い尽くされることはないだろう。
だが、それでも現在進行形で刻々とそして確実に魔力は荊姫に捧げられている。
そうでなかったとしても、とアリアは思う。
「私が長く生きられないのは、きっと私の天命なのでしょう」
1回目の人生でも2回目の人生でも、魔剣なんて関係なく20代前半でその生を終えている。
きっと3回目、処刑されなかったとしてもやはり自分の生は長くないのではないかとアリアは思う。
「短命。それだけでも十分、私は皇太子妃に相応しくないし、きっと子どもだって」
アリアは言葉を止めて、困ったように微笑む。1回目の人生で授かることができなかった。それは、きっと王族としては致命的だ。
「どうせ短い命ならキルリアから出なければよかった。家族の元で、限りある時間を大事に過ごせばよかった」
なのに、帝国のロイとの縁談が持ち上がった時に愚かにも夢を見てしまったのだ。
どうせ短い命なら、魔剣所持者だという事を隠して、好きな人と恋をしてみたいだなんて。
そんな事を思わなければ。
「……そうしていたらきっと」
嫉妬に駆られてヒナを傷つけることも、ロイに憎まれることもなかった。
たとえ、今世で違う人生を辿っているのだとしても、1回目の人生で自分が犯した罪はなくならない。
誰も覚えていなくても、アリア自身が覚えている。
あの時の仄暗い感情も、断罪されたときの光景も。全部、確かに覚えているのだ。
「私には、あなたに優しくしてもらう資格なんてないんです」
アリアの目から涙が落ちる。
「私は、何もあなたに返せない」
ごめんなさいとアリアは小さくつぶやいて、流れ落ちた涙を乱暴に拭った。