人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「うーん、やっぱこの目疲れる」

 黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を解いて元の瞳に戻したアレクは、肩で息をしながら、

「荊姫が、随分変わったみたいだ」

 と興味深そうにつぶやいた。

「アレクお兄様もそう思われますか?」

「共鳴率が以前より、格段に上がってる」

「共鳴率?」

 アリアは不思議そうに首を傾げる。

「まぁ、魔剣は主人を選ぶんだけど、魔剣は所持者の魔力を喰らうだろ? その量が随分増えている」

 アリアは驚いたように、荊姫に視線を落とす。常に荊姫に魔力を取られているが、量が増えていることには気づかなかった。

「じゃあ、私は思ったより早く寿命がきてしまうかもしれませんね」

 魔力保有量が多いとは言え、元々大喰らいの荊姫がさらに魔力を欲するようになればきっとあっという間に喰らい尽くされる。
 そうなれば、いずれ魔剣の力に耐えきれなくなるかもしれないなとアリアはそっと荊姫を撫でる。

「それはどうだろう」

 と、アレクはアリアと荊姫に視線をやってそうつぶやく。

「元々アリアと荊姫の相性はかなりいい。アリアは荊姫のお気に入りだ。その荊姫がわけもなくアリアを殺そうとするとは思えない。むしろこの現象は……」

 考え込むように黙り込んでしまったアレクを見ながら、アリアは荊姫を見つめる。

(そういえば、私が1回目の人生で死んだ後、荊姫はどうなったんだろう?)

 ふと、アリアはそんな事を考える。
 1回目の人生で処刑された日、確かに荊姫は手元にあった。
 だが、最期まで魔剣の所持者である事を隠し、使う事のなかった彼女の存在は今とは異なりおそらく帝国に認知されていなかった。
 脇役でしかない悪役姫のその後なんて小説にすら出てきていないから、アリアには自分のその後が分からない。
 自分の亡骸がどうなったのかはもちろん、荊姫がキルリア王家に返還されたかどうかも。

「アリア、僕早急にキルリアに帰るよ」

 黙り込んでいたアレクは突然そう宣言する。

「え? もうですか!?」

「どうせアリアだってこの後出て行っちゃうんだろうし、アリアのいない帝国に留まる理由ないし。帰って調べものしたい」

 気になる事に対してとことん貪欲に追求するアレクはこんな時ばかりは驚くほどにフットワークが軽い。

「分かったらアリアに一報入れるよ」

 まるで新しいおもちゃを見つけたようにワクワクした表情を浮かべたアレクは、明日に備えて寝るからとあっという間に去っていく。
 そんなアレクを相変わらずだなぁと見送ったアリアは荊姫をそっと撫で、

「今度は蔑ろにしないから、私が死んだら荊姫はキルリアでちゃんと新しい主人を見つけるんだよ」

 と大事なパートナーにそうつぶやいた。
< 117 / 183 >

この作品をシェア

pagetop