人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
 ロイに会える保証はどこにもなかった。
 それでもこれ以外に方法が思いつかず、アリアは琥珀色の石のついたブレスレットの転移魔法を起動する。
 次の瞬間には、目の前には湖の辺りが広がっていて、今日も変わらず夜空には抱えきれないほどの星が散りばめられていた。

「いない、か」

 ロイは多忙だ。
 いつもいつもここにいるわけではない。アリアだってかなり久しぶりにここに来たのだ。
 タイミングよく現れるなんて偶然あるわけないかとため息をつく。
 久しぶりにベンチに横たわり、星を鑑賞する。

「…………もう見納め、か」

 ロイからもらったモノの中で、これが一番活用したなとアリアはブレスレットを撫でる。
 いつもではないけれど、ここに来るとロイと遭遇する事が多々あった。
 小説には書かれていないこの場所が好きだった。
 ロイが、彼だけの特別な場所に立ち入ることを許してくれたのが嬉しかった。
 ここでロイと過ごした日々は、交わした言葉は、全部アリアにとって大事な思い出だ。
 きっと彼の妻ではなくなり、キルリアに帰ってからも、おそらく長いとは言えない自分の残りの人生で幾度となく振り返るのだろうと思うくらい。

『アリア様がアリア様を許せないなら、(ヒナ)がアリア様を許してあげます』

 ふと、お泊まり会でヒナが言ってくれた言葉を思い出す。

『アリア様にも幸せになって欲しいです』

「幸せ、か」

 そういって悪役姫の幸せを祈ってくれたヒナの聖女としての仕事は本日で無事終了した。
 今から1週間かけて国中の瘴気濃度を調査して、異常がなければヒナの役目はとりあえず終了だ。
 小説とは違い対応が早かったおかげで、この帝国より先に瘴気が広がる事はなく、世界中が混沌と化す事態も回避できた。
 そんなヒナの幸せは、この世界でロイと結ばれることだと思っていたのに、当人は元の世界に帰ることを望んでいる。
 もし、ヒナが元の世界に戻る方法を見つけていなくなってしまったら、愛する彼女を失ったロイはどう思うだろうか。

「……幸せの形が、目に見えたらいいのにな」

「そんなものが見えたら誰も苦労しないだろ」

 悩まし気につぶやいたアリアの頭上に、聞き慣れた声が落ちてきた。

「…………殿下」

「それに努力もしなくなる。そうしたら退化の一途だな、アリア」

 久しぶりに会ったロイは、いつもと変わらない口調でそう言った。
< 158 / 183 >

この作品をシェア

pagetop