人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

72.悪役姫は、未来を描く。

 すっかり温くなってしまったレモン水に氷を落としてアリアは一口ゆっくりと飲む。
 グラスの中でカランと氷が涼しげな音を立てたのを聞きながら、アリアはピンク色のグラデーショングラスを光に透かしてみる。

「すごく綺麗ですね、コレ」

「こっちに残って仕事してる最中に腕のいいガラス職人を拾ってね。アリアが気にいるかなーと思って作らせた。ついでにそのキャンディケースも」

 グラデーショングラスを気に入った様子のアリアに話ながらロイも一口レモン水を飲む。

「……そのガラス職人の名前は?」

 ガラス職人に反応してアリアが尋ねる。アリアの記憶通りなら本来アリアがそのガラス職人に会うことも彼の作品を手に取ることもありえない。

「カーリー・ロント」

 アリアが思い描いた答えとロイの声がピタリと重なる。

「……生きて、いるんですね」

 アリアがその名前を知っているのは、1回目の人生の時、ロイに抱きしめられながらヒナが助けられなかったと泣いているのを偶然目撃したからだ。
 そのガラス職人は2回目の人生で読んだ小説には名前すら出てこない端役。彼は王弟殿下の手先と神殿派の有力者との取引を目撃してしまい消されるのだ。
 その時彼が残した証拠が事件解決の糸口になったんだよねとアリアは小説の内容を回想しつつ、そもそもそんな事件が未然に防がれたり、端役が死ななかったりする世界もあるのかとグラデーショングラスを眺めながら彼の作品が手元にある事をただ良かったと心から思う。

「知り合いか?」

 そう尋ねたロイにアリアはゆっくり首を振る。
 物語が変わった事が全ていい事だとは限らない。
 だけど、3回目の人生を生きるこの世界は、アリアが知っている1回目の人生を生きた世界でも、2回目で見た小説の物語の中でもないのだと、手に馴染む滑らかなグラスに触れながらアリアはそんなことを実感した。

「素敵なグラデーショングラスだなぁって思っただけです。このキャンディのケースも」

 そう言ったアリアの髪を撫でながら、ロイはアレクの言った仮説が正しいのだとしたら、どこかの人生で彼とアリアは出会っているのかもしれない、と考察する。
 だが、それ以上語らないアリアに対して気に入ったなら良かったとロイは深く追求せずに微笑んだ。
 今ここにいるアリアがこのグラデーショングラスとキャンディのケースを気に入って、嬉しそうに眺めている。それ以外はロイにとって取るに足らないことだったから。
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