人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

13.悪役姫は、無自覚に本音を漏らす。

 ロイの耳にアリアの負傷の情報が入ったのは、魔獣の後処理の指示を出し、国賓の無事を確認した後だった。

「姫の負傷の具合は?」

 救護室に向かい、開口一番に医務官にそう尋ねる。

「肩を脱臼してますね。骨折はなさそうですが」

 それ以外にも魔獣に切り裂かれた裂傷がとアリアの状態を説明する。
 ロイを止める医務官の声を無視して奥のカーテンを開けるとそこには血まみれのドレスを着たアリアとその侍女マリー、そしてアリアの姉のフレデリカの姿が目に入った。

「なぜ、殿下がこちらに?」

 驚いたように淡いピンクの瞳を丸くしたアリアは、このような格好で申し訳ありません、と慌てて頭を下げる。

「姫が負傷されたと聞き、急いで参りました」

 その言葉で現場を他の者に任せて駆けつけて来てくれたのかと、アリアは嬉しくて泣きそうになるが、ぐっと歯を食いしばって耐える。

(落ち着け私。ロイ様が私に優しくするのは、帝国とキルリアのためよ)

 分かっている。それでも、ロイの顔を見て来てくれたという事実と今回は怪我をしていなくて良かったとほっとしてしまう自分をアリアは無視できなかった。

「姫、痛みの具合は?」

 心配そうにロイがそう尋ねる彼の琥珀色の瞳を見ながら、アリアはゆっくり息を吐く。

「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません。ちゃんとこの後の夜会も出ますから、どうぞ現場にお戻りになって?」

 なるべく淡々と自分の中で渦巻く感情が表に出てこないようにアリアは言葉を口にする。

「肩を脱臼していると聞いています。夜会など、どうぞ欠席されてください。あなたの身体の方が大事だ」

「お気遣いは無用、とお伝えしたはずです。それにこの程度で公務を放り出すなど、キルリアの姫の名折れです」

 アリアはロイに一瞥もくれず、そう言った。
 そんなアリアとロイの様子を見ていたフレデリカはハラハラと涙を流しながらアリアに寄り添い、ロイを見上げる。
 
「皇太子殿下、申し訳ありません。アリアはフェンリルから逃げ遅れた私を庇って怪我をしたのです。せめて妹が無理をしないように最大限支援させていただきますわ。私がついておりますので、どうぞ皇太子殿下はお戻りになってくださいませ」

 ハラハラと綺麗に泣くフレデリカを見ながらアリアは本当にフレデリカは女優だなと感心する。フレデリカは1秒あれば泣ける。5分あれば相手を泣かせられると言っていたけれど、どうやら本当らしい。
 まだ何か言いたげなロイを見てため息をついたアリアはマリーを側に呼ぶ。

「マリー、肩をはめて頂戴。あと怪我が隠れるドレスの準備を。動きが鈍るから痛み止めは最低限にして頂戴」

 アリアはマリーに視線を向け、肩を戻すように頼む。引く気のない主人に頷いたマリーは、

「痛いですから、歯を食いしばってくださいね」

 そういうとアリアに手をかけマリーは一気に正しい位置に関節をはめる。骨と骨がこすれる鈍い音と苦痛にアリアは顔をゆがめるが、叫び声のひとつもあげなかった。
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