人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「人生で初めてだな。女性からここまで面と向かって"嫌い"と連呼されたのは」

 しかも身に覚えのない話で、と苦笑気味にロイはそうつぶやいて、アリアの額に乗せた濡れタオルを替えてやる。

「姫は、嫌いな相手の幸せを願うのか? 意識がなくなるまで無理をして、最後まで夜会で誰にも怪我を悟らせないほど完璧に振る舞って、嫌いな俺のために外交のお膳立てをして」

 眠っているアリアがそれに応える事はない。

『私がどれほど焦がれても、殿下が私を愛する日は未来永劫、決して来ません』

 アリアが離宮に移った後言われた言葉をロイは思い出す。そして、思うのだ。
 果たして、本当にそうだろうか? と。

「今、こんなにも"アリア"個人に興味をそそられているのに、か?」

 アリアは姉のフレデリカを庇い肩を脱臼するほどの大怪我を負った。だとするならば少なくとも脱臼するほどの力で魔獣から攻撃をうけているはずだ。 
 それほど間近で魔獣と接触したというのに、アリアには怯えた様子は全く見られなかった。訓練を受けた新兵でも、初めて魔獣と遭遇する時はパニックで動けなくなったり、そのまま心を折られて退役する者だって出るというのに、だ。
 さらに気になるのは、アリアが脱臼した肩を戻した時、悲鳴の1つもあげなかった点だ。悶絶するほどの痛みであったろうに、当たり前のように侍女に戻させその上夜会にまで出席してみせた。肩を戻した侍女も随分と手慣れていた。
 王宮で大事に育てられた箱入りの王女であれば、いや上流貴族の子女であったとしてもそんなことは普通ありえない。
 まるで、戦いや負傷に慣れた戦士のようだ。

「姫には随分と秘密が多いようだ」

 熱に浮かされ、自分の事を"嫌い"だと連呼したアリアを面白そうにロイは見つめる。この一見線の細く儚げな姫には今日一日だけで随分と驚かされた。

「嫌いになれたら、と言うことは"まだ"嫌われてはないのだろ? 悪いがこんなに有能で面白い人間を簡単には手放せないな」

 クスッとロイは笑い、アリアのシャンパンゴールドの髪に指を絡め、そこに口付けを落とす。

「俺との"離縁"もぎ取れるといいですね、姫」

 ロイは手放す気などサラサラなさそうな声音で、まだ熱の中で夢に落ちているアリアにそう言って意地悪く口角を上げ笑うと彼女の頬をそっと撫でる。

「だから、まぁ、今日はとりあえずゆっくりおやすみ、アリア」

 頬を撫でられたタイミングでふっと表情を緩め微かに笑ったアリアの顔を見つめてそうつぶやいたロイの表情は、アリアがどの人生でも向けられたことがないとても優しく穏やかな顔をしていた。
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