人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
 顔を見に行ってそれ以上の進展が無さそうだと察したクラウドは、

「殿下、知ってる? アリア様が狩猟大会で配ったアリア様の刺繍入りリボン、投擲姫に憧れてたり、投擲技術あやかりたい騎士たちの間で高値で売買されてたんですよ」

 ちなみに実物コレですとドヤ顔でロイに見せた。

「なんでクラウドが持ってるんです?」

 いいでしょと突然自慢をはじめたクラウドにルークがそう尋ねる。

「離宮のメイドから譲ってもらったから。すごいっすよねーアリア姫。人形みたいな顔してるのに、語学堪能、政治・経済や世情に明るく、礼儀作法完璧、その上刺繍の腕前もかなりのもので、戦闘能力も高いなんて。それだけ色々できるのに貴族女性からの支持率氷点下ってすごくないですか?」

「……そんなに悪いか?」

「悪評しか聞かないっすね。詳細聞きたいです?」

 護衛騎士として側近に置いているクラウドには日頃から様々な情報収集も任せている。特に女性たちから集めてくる話は正確性が高く話題の幅も広い。
 そのクラウドが悪評と言い切るのだ。おおよその見当がつくのでロイはため息交じりにいらないと告げた。

「男性を立て女性は後継を産んで家庭を守り、けして出過ぎた真似はせず、夫の意見に従う事を美徳としているうちの国じゃ、アリア様はさぞ生きづらいでしょうね」

 男性であればさぞ重宝されただろうが、とルークはため息交じりに淡々と意見を述べる。この価値観が必ずしも悪いとは言わない。現に今の帝国はこの共通認識の基に発展を遂げてきた。
 だからだろうか? そこから少しでもはみ出すものは悪であり排除対象だった。
 そこに違和感を持ったとしても、大多数の正義を前に声は消える。

「今からでも帝国で求められる皇太子妃になられるように、助言をした方がいいかもしれませんね」

 ルークはロイにそう進言する。
 アリアは有能だ。なら、帝国淑女たちの代表ともいえる皇太子妃として、帝国淑女をまとめ上げ、皆が手本にし、支持され、皆が思い描く愛される理想の皇太子妃を演じるくらいできるだろう。
 それがたとえ彼女の個性を殺す事だったとしても、嫁いで来た以上こちらに合わせてもらわなくてはとルークは思う。

「勿体無いなー。男ならうちに欲しいくらいの人材なのに」

 クラウドもルークに同意したようにそう頷く。
 そんな2人を見ながらロイはアリアの言葉を思い出す。

『殿下、未来を予言しましょうか? このまま離縁しなかったら、2年と経たずにあなたは私を悪役姫と呼びます』

 そうかもしれない、とロイは"悪役姫"とその単語を口内で転がして思う。
 この帝国で求められる皇太子妃の型にはまらなければ、彼女はいつかそう呼ばれるようになるだろう。
 そして、アリアを悪役姫と呼ぶ自分を想像してぞっとした。

「狩猟の腕前もすごかったなー。アレで肩負傷。全快だったら殿下負けたんじゃないですか?」

 クラウドの揶揄うような言葉にロイの思考は引き戻される。

「……だから最初からクマを狩りに行っただろう」

「単独でクマ狩るあたり殿下の本気度がヤバいんですけど、ほんっと負けず嫌いっすね」

 話しながらロイは思う。
 アリア自身が悪女や悪役姫なんかではなく、この国のこの常識が彼女を"悪"にしてしまうのではないか、と。

「勝ち星譲ったら離縁だからな。あれほどの逸材、磨く前にそう易々と手放すのは勿体ないと思わないか?」

 なら、アリアが"悪"にならないように国に蔓延る認識を変えてしまえばいい。
 その考えにいたったロイは、恍惚とした琥珀色の瞳でアリアを思いクスリと笑う。

「アリアには国の認識を覆えす変革者になってもらうとしよう。型にハマらず支持率氷点下がひっくり返ったら面白いと思わないか?」

 決定事項として突如ロイから告げられた内容にルークとクラウドはロイの顔を見返し、それが本気であると悟る。

「はぁ、またロイ様の悪い癖が」

 お気に入りは捕まえて配下に置いておかないと気がすまないんですから、と捕まったが最後アリアは自分達と同じ道を辿るんだろうなぁとルークは少しアリアに同情した。

「うーわぁ。完全にロックオンじゃん。姫ぇーー逃げて。今逃げて。超逃げて」

 この場にいないアリアに向かって合掌しつつ、クラウドがそう叫ぶ。

「無理でしょ。こんな楽しそうなロイ様から逃げられるヒトが居たら、それはもはや人間じゃありませんって」

「さぁーて。次の一手が楽しみだな」

 予定を組まないとなぁと狩猟大会での戦利品、アリアのサイン入り誓約書を眺めながらロイは心底楽しそうにそう言った。
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