人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
ドアがノックされ、ロイが顔を出す。
「姫、遅くなって申し訳ありません。緊急の報告が入ってしまって」
申し訳なさそうに眉根を下げて、優しい口調でそう言ったロイが部屋で所在なさげに立ち尽くしているアリアに笑いかける。
「ああ、今日の姫は本当にお美しい。その淡いピンク色の瞳に吸い込まれそうだ」
まるで本当に愛しているかのように、そっと労りながら、アリアの髪に優しく触れ、
「姫はまるで太陽神に愛されているような髪色をお持ちですね。……緊張しておいでですか?」
そのままベッドに連れて行かれ、寝衣の紐に手をかけられる。
「ようやく姫に触れることが叶う」
「あなたは、そんな顔をして嘘をつくのですね」
アリアは悪役姫らしく、妖艶に嘲笑して見せた。僅かに揺らいだ琥珀色の瞳を覗き込みながら、アリアはクスリと笑う。
「私の事なんて、ミリも興味ないくせに」
ほんの一瞬の隙だった。だが、確かにロイの反応が遅れた。
「今、初めて殿下の本音に触れた気がします」
アリアは隠し持っていた果物ナイフをすっと取り出し、自分の喉元にあてる。
「触らないで。近づかないで。騒がないで。どうか、私の話を聞いてください」
「何をされるおつもりで?」
どうせ死ぬ気などないだろうとタカを括っているのだろう。アリアは震える指を叱咤して力を込める。
ロイがあっと思うままなくプツっと白い肌に傷がつき、喉元から朱玉がつーっと流れシーツに染みる。
「私は、別にココで生を終えても構いません。私にとっては死ぬのが早いか遅いか、殿下に首を落とされるか、自分で掻っ切るかの違いでしかありませんし」
淡々と、その声にはおおよそ感情らしいモノが読み取れずアリアはロイの理解を超える話を紡ぐ。
身体をどかしたロイを押し退けて、アリアはナイフを持ったまま、ベッドを降りるとスタスタと一番奥の壁際までやってきてそこに直に座る。
「今日は私ココで寝ます。どうぞ殿下は気にせずベッドをお使いください」
少々シーツが汚れてしまいましたが、ちょうどいいでしょうとアリアは事もなげにそう言った。
「ははっ、姫はそれほどまでに俺に抱かれるのがお嫌のようだ。義務を果たさず、何しにここに来たのです?」
義務、とはロイの子を産むことだろうか? ならそんなものを自分が果たす日は来ない。それに必要もない。数年後には彼は愛に満ちた生活の延長に彼女との愛の結晶を授かるのだから。
そう考えたらアリアの目にはまたじわりと涙が浮かんで来た。どれだけ望んでも、自分には得られなかったそれ。
この部屋で、そのベッドで、彼は彼女と愛を育む。そんなものに悪役の自分が触れていいわけがない。
「殿下と交渉がしたくて。私は別に構いませんが、結婚初日に花嫁が自殺だなんてそんな不名誉な逸話、殿下の輝かしい経歴には不要でしょう?」
「なるほど、子どもみたいな駄々を捏ねて脅しますか。一応聞いてあげましょう。何が望みです?」
望み、と聞いてアリアが一番に浮かんだのはここから離れる事だった。
1回目の人生でヒナが城に来てから追いやられた離宮。
かつて後宮があった頃の名残で、本館から遠く、人も少なく、老朽化し荒れていたけれど、今思えばあそこはあそこで静かでよかった。もちろん、1回目の生ではそんなこと思わなかったけれど。
「……離宮に、行きたい。ダイヤモンド宮を引き払って」
「離宮に?」
突然の要求にロイは怪訝そうに眉を顰める。何故この国のこの城に来たばかりの彼女が離宮の存在を知っているのか、と。
「代わりに予言を差し上げます。明日の会議、レイモンド伯爵の動向に気をつけてください。それから、明後日の視察の馬車から降りてすぐ、ナイフを持った男が飛び出してきます」
「姫は占いでも嗜まれるのか?」
「頭のおかしな女の戯言、と思ってくださって結構です。こんな薄気味悪い女、視界に入れるのもお嫌でしょう? どうか、私を離宮へ」
それ以降、アリアはベッドからは死角になる最奥のすみっこで壁に身体を預け膝を抱えて口を閉ざし、自身とロイの間に明確に線を引いた。
「姫、遅くなって申し訳ありません。緊急の報告が入ってしまって」
申し訳なさそうに眉根を下げて、優しい口調でそう言ったロイが部屋で所在なさげに立ち尽くしているアリアに笑いかける。
「ああ、今日の姫は本当にお美しい。その淡いピンク色の瞳に吸い込まれそうだ」
まるで本当に愛しているかのように、そっと労りながら、アリアの髪に優しく触れ、
「姫はまるで太陽神に愛されているような髪色をお持ちですね。……緊張しておいでですか?」
そのままベッドに連れて行かれ、寝衣の紐に手をかけられる。
「ようやく姫に触れることが叶う」
「あなたは、そんな顔をして嘘をつくのですね」
アリアは悪役姫らしく、妖艶に嘲笑して見せた。僅かに揺らいだ琥珀色の瞳を覗き込みながら、アリアはクスリと笑う。
「私の事なんて、ミリも興味ないくせに」
ほんの一瞬の隙だった。だが、確かにロイの反応が遅れた。
「今、初めて殿下の本音に触れた気がします」
アリアは隠し持っていた果物ナイフをすっと取り出し、自分の喉元にあてる。
「触らないで。近づかないで。騒がないで。どうか、私の話を聞いてください」
「何をされるおつもりで?」
どうせ死ぬ気などないだろうとタカを括っているのだろう。アリアは震える指を叱咤して力を込める。
ロイがあっと思うままなくプツっと白い肌に傷がつき、喉元から朱玉がつーっと流れシーツに染みる。
「私は、別にココで生を終えても構いません。私にとっては死ぬのが早いか遅いか、殿下に首を落とされるか、自分で掻っ切るかの違いでしかありませんし」
淡々と、その声にはおおよそ感情らしいモノが読み取れずアリアはロイの理解を超える話を紡ぐ。
身体をどかしたロイを押し退けて、アリアはナイフを持ったまま、ベッドを降りるとスタスタと一番奥の壁際までやってきてそこに直に座る。
「今日は私ココで寝ます。どうぞ殿下は気にせずベッドをお使いください」
少々シーツが汚れてしまいましたが、ちょうどいいでしょうとアリアは事もなげにそう言った。
「ははっ、姫はそれほどまでに俺に抱かれるのがお嫌のようだ。義務を果たさず、何しにここに来たのです?」
義務、とはロイの子を産むことだろうか? ならそんなものを自分が果たす日は来ない。それに必要もない。数年後には彼は愛に満ちた生活の延長に彼女との愛の結晶を授かるのだから。
そう考えたらアリアの目にはまたじわりと涙が浮かんで来た。どれだけ望んでも、自分には得られなかったそれ。
この部屋で、そのベッドで、彼は彼女と愛を育む。そんなものに悪役の自分が触れていいわけがない。
「殿下と交渉がしたくて。私は別に構いませんが、結婚初日に花嫁が自殺だなんてそんな不名誉な逸話、殿下の輝かしい経歴には不要でしょう?」
「なるほど、子どもみたいな駄々を捏ねて脅しますか。一応聞いてあげましょう。何が望みです?」
望み、と聞いてアリアが一番に浮かんだのはここから離れる事だった。
1回目の人生でヒナが城に来てから追いやられた離宮。
かつて後宮があった頃の名残で、本館から遠く、人も少なく、老朽化し荒れていたけれど、今思えばあそこはあそこで静かでよかった。もちろん、1回目の生ではそんなこと思わなかったけれど。
「……離宮に、行きたい。ダイヤモンド宮を引き払って」
「離宮に?」
突然の要求にロイは怪訝そうに眉を顰める。何故この国のこの城に来たばかりの彼女が離宮の存在を知っているのか、と。
「代わりに予言を差し上げます。明日の会議、レイモンド伯爵の動向に気をつけてください。それから、明後日の視察の馬車から降りてすぐ、ナイフを持った男が飛び出してきます」
「姫は占いでも嗜まれるのか?」
「頭のおかしな女の戯言、と思ってくださって結構です。こんな薄気味悪い女、視界に入れるのもお嫌でしょう? どうか、私を離宮へ」
それ以降、アリアはベッドからは死角になる最奥のすみっこで壁に身体を預け膝を抱えて口を閉ざし、自身とロイの間に明確に線を引いた。