人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

26.悪役姫は、推しの為人を知る。

 アリアが淹れた玉露茶を口にして、うまいなとロイは感心したようにそう言った。

「私、この手のお茶の淹れ方は自信あるんですよ」

 アリアは自分の分の玉露茶を口にしてうれしそうに笑う。2回目の人生の時、温泉巡りが趣味だった。その時に出会った旅館の女将においしいお茶の淹れ方を習ったのだ。
 アリアはロイに借りた記録を差し出し、自分のメモを示す。

「私、この病気を知っているんです。治し方も」

 ロイはお茶を飲みながら、目で話の続きを促す。

「当たり前の話なんですけど、体って食べたものでできているんです。お茶だって美味しく飲める適切な温度や淹れ方があるように、植物が適した環境でなければ芽が出なかったり、育たなかったりするように、人の体にも元気であるために必要なもの、っていうのがあるんです」

 そう、食べた物で体というものは作られる。栄養不足であれば発育不全を起こすし、ビタミンCが長期不足すれば壊血病にもなる。

「足らないものを補ってあげる。あの病気を治す方法はシンプルにそれだけです」

「で、それがコレだと」

 話を聞いたロイは飲みかけのお茶をアリアに見せる。
 察しがいい事で、と思いながらアリアは頷く。
 玉露にはビタミンCが豊富に含まれているという事を、2回目の温泉巡りの時に女将さんに聞いた。美容にいいからいっぱい飲んでねと、淹れてくれたお茶がとても美味しかったことを覚えている。
 費用的に厳しければ煎茶でもいい。
 粉茶にして飲んだり、食事に混ぜたりすれば、ビタミンCが多く取れるだろう。

「船上や飢饉のときは、事前に配布し摂取を心がけてもらえれば病気の発生自体も防げると思います。まぁ、私は医者じゃないので、可能性のお話ししかできないのですけれど」

 アリアの話を黙って聞いていたロイは、飲み終わった湯呑みを静かに置き、琥珀色の目でアリアの言葉の真偽を確かめるようにじっと見る。

「アリア。キルリアは海に面していない。自然に恵まれ、国内の食料自給率も高く、近年大規模な飢饉も起こっていない。その国で育った君が、何故それを知っている?」

「言えません」

 その質問を想定していたアリアは間髪入れずに潔いほどはっきりとそう言った。

「って、言うよりもどう説明すればいいのか分からないのです」

 アリアは淡いピンク色の瞳を瞬かせ、困ったように笑ってそう言った。

「私、嘘が上手じゃなくて。マリーにもすぐ見破られてしまうし、きっとこれから先も上手くならないだろうし、何を言っても殿下は真偽を見破っちゃうだろうから」

 そう言ったアリアはロイの琥珀色の瞳を真っ直ぐ見つめ、

「私、未来を知っているんです。全部じゃないですけど」

 イタズラっぽく小首をかしげてそう言って笑った。そんなアリアを見てロイは深いため息を吐く。

「……つまり、言い訳は俺が考えろって事か」

「さっすが殿下っ! 察しがいい」

 ぐっと親指を立てたアリアは、笑顔で面倒事をロイに丸投げた。

「できたら明日から試験的に試してみて、経過を見ていきたいんです。言い出した以上、ちゃんと見届けたいですし」

 やってみてもいいですかとアリアはロイに許可を願う。ロイはアリアを見ながら思考を巡らせ、

「記録、きちんととっておいてくれ。じゃなきゃ言い訳もその後の対策の最善手も考えつかない」

 と許可を出した。

「……信じてくれる、の?」

 アリアは淡いピンク色の瞳を大きく見開き、ひとりごとのようにつぶやく。
 ポンっとアリアの頭の上に手を置き、

「アリアが帝国に来てから3ヶ月、これでもずっと君の事を見ていたつもりだ」

 ロイはそう言った。その言葉にアリアは驚く。
 物語からの退場を目指してひとり空回り、ロイから逃げようとしていたのと同じ時間、ロイは私の事を知ろうとしてくれていたのか、と。
 そして、自分の目で見てアリアの為人を知ろうとし、信頼をくれると言う。それは、ロイからこの先愛されることはないと知っているアリアにとって、何より嬉しい事に思えた。
 泣き出しそうになる自分をぐっと堪えて、

「ありがとう、ございます」

 とアリアははにかんだようにふわりと笑う。そんなアリアにロイは何も言わなかったが、琥珀色の瞳は優しい色をしていた。
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