人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
27.悪役姫は、初恋に終止符を打つ。
「……できた」
アリアの修繕が終わったのとロイの仕事が片付いたのはほぼ同時だった。
流石に眠たい時間になってきたなと時計に目をやったアリアはロイにペンケースを渡す。
「ダーニング上手いな」
出来上がりを確認してロイはアリアに礼を言う。
「アリアはなんでもできるな」
手先器用だなとロイに言われたアリアは首を横に振る。
「私、本当はすっごい不器用なんです」
苦笑しながらアリアはどこか遠くを見つめる。
「アリア?」
「……いっぱい、練習したの。手に沢山傷を作りながら」
どうして今これを思い出してしまうのだろうと、アリアは目を伏せ指先に視線を落とす。
今でこそそれなりにできるようになったけれど、1回目の人生で刺繍を始めたときは酷い有様だった。何度指を刺し、どれだけ先生に厳しく叱られたか分からない。
「……好きな人に、褒めてもらいたくて。たくさん、頑張ったの」
だけど、ようやく人に渡せるレベルになった頃にはもう、それを渡せるような関係ではなくなっていた。
狩猟大会でロイの隣にはヒナがいて、下手な刺繍を恥ずかしそうに渡す彼女の黒い髪を優しく撫でて受け取るロイを見て、アリアは刺繍入りのハンカチを渡せずゴミ箱に捨てた。
その時の事を思い出し、アリアの目から涙が落ちる。
「褒めて、くれなかったのか?」
「いっぱい……褒めてくれましたよ?」
そう、過去でロイはいつも優しい嘘だけをくれた。アリアにはそれがたまらなく苦しかった。
「でも、私を選んではくれなかった」
アリアは顔を伏せ、溢れてくる涙を拭う。こんな事を今世のロイに言ったってどうしようもないのに。
涙を止めたいのに、それは悲しかった感情とともにとめどなく溢れてきて、なくなってくれない。
「ごめんなさい、帰ります」
これ以上ここにいてはロイを困らせるだけだ。立ちあがろうとしたアリアを引き留めて、ロイはアリアの両頬を両手で覆い自分の方に視線を向けさせる。
とめどなく涙が溢れ視界が滲むアリアの目に、琥珀色の強い視線が注がれる。
「悔しいか、アリア」
その声はとても厳しくて、初めて会った時の事を思い出せた。
「選んでくれない? お前が自分で選ぶ側になれ」
アリアはその言葉に目を見開く。
「アリアならなれる。俺がそうしてやる」
琥珀色の瞳に射抜かれて、アリアは息をするのを忘れる。
「アリア、強くなれ」
そう言ったロイに抱きしめられて、止まった息を吐き出したアリアは、堰を切ったようにその腕の中で声を上げて泣いた。
この人は私のものじゃない。
それを心に刻みつけながら、それでもその腕の中が酷く心地よく、アリアは泣きながら強くなりたいと願った。
アリアが泣き疲れ、眠りに落ちるまでロイはずっと彼女の側に居続けた。
すとんと眠りに落ちたアリアをベッドに寝かせ、その寝顔を見ながらロイはアリアのシャンパンゴールドの髪を撫でる。
「惚れた相手がいたか。道理で」
まだ残っていた涙を指先で掬い、ロイはアリアの頬を撫でる。
「バカだな、そいつ。アリアの本質も見抜けずに」
俺ならと思いかけ、ロイは自分に苦笑する。"俺なら"なんだというのか? 全くもってらしくない。
これだけ弱っているなら、優しい言葉でもかけて甘やかしてしまえば、アリアが手に落ちるのは簡単だっただろう。
でも、なぜだかアリアに対してはそうしたくなかった。
「あ〜ダメだなコレ。絶対ど壺にハマるパターンだ」
ロイはアリアを見てため息をついて、アリアに対して抱く感情は一旦考えるのを保留にした。
「おやすみ、アリア」
夢の中に落ちているアリアに聞こえるわけがないのだが、そのタイミングでアリアはあどけなく笑う。
「……無防備が過ぎる」
そんなアリアにため息を吐きながら、それでも彼女を放って置けないと思うロイの琥珀色の瞳に熱がこもっていることに本人すら気づく事はなかった。
アリアの修繕が終わったのとロイの仕事が片付いたのはほぼ同時だった。
流石に眠たい時間になってきたなと時計に目をやったアリアはロイにペンケースを渡す。
「ダーニング上手いな」
出来上がりを確認してロイはアリアに礼を言う。
「アリアはなんでもできるな」
手先器用だなとロイに言われたアリアは首を横に振る。
「私、本当はすっごい不器用なんです」
苦笑しながらアリアはどこか遠くを見つめる。
「アリア?」
「……いっぱい、練習したの。手に沢山傷を作りながら」
どうして今これを思い出してしまうのだろうと、アリアは目を伏せ指先に視線を落とす。
今でこそそれなりにできるようになったけれど、1回目の人生で刺繍を始めたときは酷い有様だった。何度指を刺し、どれだけ先生に厳しく叱られたか分からない。
「……好きな人に、褒めてもらいたくて。たくさん、頑張ったの」
だけど、ようやく人に渡せるレベルになった頃にはもう、それを渡せるような関係ではなくなっていた。
狩猟大会でロイの隣にはヒナがいて、下手な刺繍を恥ずかしそうに渡す彼女の黒い髪を優しく撫でて受け取るロイを見て、アリアは刺繍入りのハンカチを渡せずゴミ箱に捨てた。
その時の事を思い出し、アリアの目から涙が落ちる。
「褒めて、くれなかったのか?」
「いっぱい……褒めてくれましたよ?」
そう、過去でロイはいつも優しい嘘だけをくれた。アリアにはそれがたまらなく苦しかった。
「でも、私を選んではくれなかった」
アリアは顔を伏せ、溢れてくる涙を拭う。こんな事を今世のロイに言ったってどうしようもないのに。
涙を止めたいのに、それは悲しかった感情とともにとめどなく溢れてきて、なくなってくれない。
「ごめんなさい、帰ります」
これ以上ここにいてはロイを困らせるだけだ。立ちあがろうとしたアリアを引き留めて、ロイはアリアの両頬を両手で覆い自分の方に視線を向けさせる。
とめどなく涙が溢れ視界が滲むアリアの目に、琥珀色の強い視線が注がれる。
「悔しいか、アリア」
その声はとても厳しくて、初めて会った時の事を思い出せた。
「選んでくれない? お前が自分で選ぶ側になれ」
アリアはその言葉に目を見開く。
「アリアならなれる。俺がそうしてやる」
琥珀色の瞳に射抜かれて、アリアは息をするのを忘れる。
「アリア、強くなれ」
そう言ったロイに抱きしめられて、止まった息を吐き出したアリアは、堰を切ったようにその腕の中で声を上げて泣いた。
この人は私のものじゃない。
それを心に刻みつけながら、それでもその腕の中が酷く心地よく、アリアは泣きながら強くなりたいと願った。
アリアが泣き疲れ、眠りに落ちるまでロイはずっと彼女の側に居続けた。
すとんと眠りに落ちたアリアをベッドに寝かせ、その寝顔を見ながらロイはアリアのシャンパンゴールドの髪を撫でる。
「惚れた相手がいたか。道理で」
まだ残っていた涙を指先で掬い、ロイはアリアの頬を撫でる。
「バカだな、そいつ。アリアの本質も見抜けずに」
俺ならと思いかけ、ロイは自分に苦笑する。"俺なら"なんだというのか? 全くもってらしくない。
これだけ弱っているなら、優しい言葉でもかけて甘やかしてしまえば、アリアが手に落ちるのは簡単だっただろう。
でも、なぜだかアリアに対してはそうしたくなかった。
「あ〜ダメだなコレ。絶対ど壺にハマるパターンだ」
ロイはアリアを見てため息をついて、アリアに対して抱く感情は一旦考えるのを保留にした。
「おやすみ、アリア」
夢の中に落ちているアリアに聞こえるわけがないのだが、そのタイミングでアリアはあどけなく笑う。
「……無防備が過ぎる」
そんなアリアにため息を吐きながら、それでも彼女を放って置けないと思うロイの琥珀色の瞳に熱がこもっていることに本人すら気づく事はなかった。