人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「ここに残りたい、ってことか?」

 アリアの立てた計画書に目を通しながらロイは確認する。

「はい、成果を出すにはまだ時間がかかりますので」

 とりあえず1ヶ月と期間を示すアリアに、ふむとロイは頷く。ロイが決定を下すより早く、

「ダメに決まってるじゃないですか! アリア様は皇太子妃ですよ? それが王城をあけ単身で留まるなど。ただでさえ皇太子妃の評価は氷点下。これ以上勝手をされては困ります」

 ルークからストップがかかる。
 この旅行が終わったら公務に就かせ皇太子妃としてのアリアの信頼回復に努めさせる予定だったのだ。勝手をされては困るというルークの気持ちも分からなくはない。
 だが、ロイは真っ直ぐ自分を見つめてくる淡いピンク色の瞳を見て決める。

「アリアがやりたいならやるといい。ひと月後に迎えに来る」

 ロイの言葉にアリアの顔がぱぁぁっと明るくなる。

「ロイ様っ!」

 嗜めるようにルークが異を唱えるが、

「責任は俺が取る」

 そう言って決定を告げた。

「でーんか、いいんですか? ただでさえ姫様の評価氷点下なのにこんなとこに放置って」

 マジで? とクラウドも心配そうにそう止める。だが、ロイは首を横に振った。

「まぁ、ぶっちゃけアリアいてもいなくても公務回るし、今時点でアリアが王都にいたところで何の役にも立たんしな」

 ロイは現状を正しくぶっちゃける。

「ですよねー! 私もぶっちゃけそう思う」

 親指を立てて知ってたとアリア笑う。
 この2人の間で一体何があったんだと顔を見合わせる側近2人を放置して、

「アリア、俺には足手纏いは必要ない。俺が欲しいのは、結果だ」

 不遜な態度でそう述べるロイにアリアはニヤリと口角をあげる。

「ええ、勿論です。皇太子殿下」

 好戦的な視線を寄越すアリアに、

「期待している」

 ふっと笑ったロイはシャンパンゴールドのアリアの髪を撫で、そう言い残してアリアとマリーを残し帰っていった。

「聞いた、マリー! 殿下、過程は問わないから好きにやれ、ですってよ。超やっさしー」

 ルシェ兄様みたいと目を輝かせて楽しそうにするアリアを見て、

「ああ、そう解釈しちゃうんですね。うん、知ってた。もうマリーは止めませんので好きにしてください」

 一応殿下に忠告入れましたしと遠い目をしたマリーはこれから一か月の大変な日々を思って遠い目をした。

 転移魔法で城内に戻ったロイは歩きながら今後の予定の調整をルークと行う。そんな2人を後ろから追いかけながら、

「ちょ、でんかー。マジで姫たち置いてきて大丈夫なんです? てか、アンタのオブラート破けてんの!?」

 マジで姫への配慮どこに落として来た? とツッコむクラウドにロイは肩を竦める。

「……今のアリアに必要なのは、甘ったるい慰めより"自信"だからな」

 強くなりたいとそう言って力を望むアリアの目が、かつての自分に重なった。
 何より彼女にやる気があるのなら、経験を積ませ、自信を持たせてやりたいとロイはそう思った。

「だからと言って、不治の病気の改善をアリア様に一任するなど"お手伝い"や"慈善事業"といった枠を超えてますよ」

 ルークも強引に押し切ったロイの決定に納得しかねるように苦言を呈す。

「"龍"という生き物がいる。俺はアリアがそう成れるのではないか、と思っている」

 アリア、という存在を観察し続けてロイはひとつの可能性を感じていた。そして、マリーの話を聞き、可能性がほぼ確信に変わった。

「いや、姫様人間だし。そんな空想上の生き物の話されても」

「例えですよ、クラウド。彼女がそうだと?」

 訝しげなルークの視線を受け、どうだろうなとロイは楽しげに笑う。

「天翔る龍は時に破滅を、時に福音をもたらすと言う。さて、我が国にもたらされるのはどっちだろうな?」

 ワクワクするなぁと謎かけのようにそう言った琥珀色の瞳を見ながら、顔を見合わせたルークとクラウドは肩を竦める。
 この主人に見えているものが何かは分からないが、こうなった彼は止まらない。そして、この手の賭け事で負けなしの皇太子の決定に自分達はついていくしかないのだ。
 それが、一番この国のためになることだから。
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