人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「ごめんな、あの部屋入るのそんなに嫌だったか? それとも夜伽に呼んだの自体か? 俺といるのが苦痛なら、すぐ部屋から出て行くから」

 ぽろぽろと淡いピンクの瞳から涙を溢し出したアリアに焦ったように、ロイはそう声をかける。
 アリアを傷つけたくなかった。だけど、呼ばないわけにもいかず、結局彼女に苦痛を強いてしまった。

「傷つけてすまないアリア。できたら泣き止んでほしい」

 溢れてくる涙をそっと指で拭うロイの気遣いが嬉しくてアリアは泣きながら微笑む。

「大丈夫、です。ちょっと、悲しかったことを思い出してしまっただけなのです」

 思い出したのはアリアが思いを寄せた相手の事だろうか、そう思ってロイは胸の奥に痛みを感じる。
 それをアリアに悟らせないように、感情を隠して静かに笑った。

 すっかり泣き止んだアリアは、

「殿下、もし良ければ髪を乾かしても良いですか? って言ってもタオルで拭くだけですけど」

 そう申し出る。
 アリアは元々その手の魔法は使えないし、ドライヤーは音や魔石の使用で居場所が割れてしまうだろう。
 未だに雫を滴らせるほど水を含んだロイの髪をなんとかしてあげたかったし、これほど気を使ってくれるロイに何かをしてあげたかった。

「じゃあ、せっかくだから頼もうかな」

 アリアはとりあえず大丈夫そうだと判断したロイは、アリアにタオルを渡す。
 受け取ったアリアはロイのブルーグレーの髪を優しく丁寧にタオルで挟んでタオルドライしていく。
 普段意識してロイと触れ合わないようにしているだけに、この近さになんだか悪い事をしているような気がして、緊張してしまう。

「普段、髪乾かすのなんて一瞬だから、誰かにこんなふうに丁寧に拭かれるのは気持ちいいもんなんだな」

 ロイがいつもよりゆっくりとした口調でそう言った。
 旅行の夜に一緒に過ごしたあの時みたいに静かに流れる時間が、なんだか心地よくてアリアは自然と笑っていた。

「アリア、これから定期的に夜伽に呼ばなければならないと思う。でも、絶対アリアの嫌がる事はしないから、少しだけ我慢してくれるか?」

 タオルを返したアリアの顔を見ながら、ロイはそう尋ねる。
 どうして今世のこの人は、こんなにも自分に時間と心を割いてくれるのだろう?

(きっと、本物の皇太子妃じゃないからね。内側に入れた部下には、ロイ様は心を許しているみたいだし)

 そう、だったらいいなとアリアは思う。
 ロイにとって心を許せる部下のひとりとして適度な距離で彼を支えて、ヒナに皇太子妃の椅子を明け渡して、穏やかに物語から退場できたら、と。
 きっと心に少しずつ余裕のできつつある今の自分なら2人のことを祝福できると思うし、この帝国を去ったとしても、キルリアから帝国と信頼に基づいた良好な関係を築けるように尽くせると思う。

「はい、それで殿下のお役に立てるなら」

 アリアはそうなりたいと描いて、夜伽の件を了承した。
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