人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「アリア」

 そう自分の事を呼ぶ声がひどく甘く聞こえる。これで勘違いをするなという方が難しいのではないかと思うくらいに。
 ロイの手がそっと伸びてきてアリアの頬をそっと撫でる。

「それは、俺にとってアリアが」

 アリアの事をじっと見つめる琥珀色の瞳に熱が籠っていて、アリアはトクトクッと自分の心音がはっきり聞こえるくらい大きくなっていることに気づく。
 一旦目を伏せたアリアは、自分の心に聞いてみる。

(私は、どうしたい?)

 この先を聞いてしまったら、そして目を閉じて流されてしまったら、この先に待っているのは、きっと1回目と同じ結末だ。

「ロイ……様」

 伏せていた瞳を大きくさせ、ロイを覗き返したその目は、とても優しい色をしていた。
 アリアはそのまま手を伸ばし、ロイの腕に収まる。

「アリ……ア?」

「私、未来を知ってるんです。全部じゃ、ないんですけど」

 アリアはコテンとロイの胸に耳をあて、その音を聞く。自分と変わらないくらい、早くなっているその音に泣きそうになりながら、努めて明るい声を出す。

「ロイ様は、絶対、絶対、幸せになるから。私がそうなる未来を選びますから」

 だから、私は選択を間違えたりしないとアリアは言葉に出さず胸の内でつぶやく。

「だから、大丈夫。あなたは幸せになれるヒトだから」

 沢山色んなものをくれた今世に出会ったロイには、絶対幸せになって欲しい。

「だから、もう少し、私に時間をください」

 アリアはロイに抱きついたまま、アリアは自らの未来を選ぶ。

「そうしたら、きっと」

 ヒナが来るから。
 アリアは涙を溢すことなく、穏やかな気持ちでそれを受け入れた。

「……分かった」

 そこから先言葉を紡がないアリアの事をどう解釈したのか、ロイはアリアの事を抱きしめ返して、とても大切なモノに触れるようにその長い髪を撫でて、そこに口付けた。
 そんなロイの温もりを感じながらアリアは自身の胸に決意を刻む。
 ロイを幸せにできるのも、ロイの地位を盤石にできるのも、自分ではない。もうすぐやってくる、聖女ヒナなのだ。

(だから、ロイ様に愛されることよりも、私は物語からの退場を希望するわ)

 これは、彼と彼女のための物語。だから一時の感情で間違えたりしないとアリアは強く思う。
 自分が破滅しないためだけじゃなく、彼と彼女に幸せになって欲しいから。
 
(当て馬の運命からは、逃れられそうにないな)

 アリアはそっと苦笑して、今世は自ら当て馬になる事を選択した。
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