君を忘れてしまう前に

　今日も一限目から練習室が満室だったのでサロンに訪れる。
　和馬くんに私の片想いの相手がバレてしまった。
　今の心の頼りは、秘密にしてくれると言ってくれた和馬くんの言葉だけだ。
　その言葉を信じるしかないが、イマイチ不安を拭いきれない。
　気を紛らわすために、私は窓辺に置かれてあるデスクトップパソコンの前に座った。

　せっかく空き時間が出来たことだし、この際、コンサートで着る衣装でも決めよう。
　検索バーに、先日チェックしたばかりのトレンドのファッションアイテム名を入力しようとするも、すぐに手が止まる。
　何せ、私にとって初めてのコンサートだ。
　どんな衣装を着ればステージ映えするのかが分からない。
　以前、衣装について先輩から、自分では似合うと思って着ていてもステージに出た途端、反応が良くないことが意外に多いと聞いたことがある。
　考えた末に脳裏に浮かんだのは、いつもレッスンをして貰っているリカコ先生だった。

　リカコ先生は、長い黒髪が似合う綺麗で色っぽい大人な女性だ。
　サラにはリカコ先生のようになるのは無理だと言われたが、サラの褒める数少ない女性に対してどうしても憧れを抱いてしまう。
　とはいえ、私自身に女性としての魅力が大きく欠けているという自覚はある。
　それでも、どういう服があるのか一度、検索して調べてみたいという気持ちの方が勝った。
　幸い、今、サロンには誰もいない。

　早速、検索バーにセクシー、衣装、と入力し検索ボタンをクリックする。
　検索結果が表示された途端、私は、ぶはっと盛大に吹いた。
　網タイツのバニーガールや、やたら上からスリットの入ったチャイナ服、メインが見えそうなスケスケなおパンツなどなど、出るわ出るわ、エロいコスチュームが。
　こんなにけしからんものを大学で見ているということが誰かにバレたら、確実に私は変態だと思われる。

　が、もしかすると男の人ってこういう格好をした女の人が好きなのかもしれない。
　少しずつ、表示画面をスライドさせる。
　みんな絶妙なバランスを保ちながら、肝心な部分が見えそうで見えない。
　もしかしてリカコ先生が色っぽく感じるのは、この絶妙なバランスが保たれた服を着ている影響もあるのだろうか。
　なるほど。これは勉強になりそうだ。
　際どい画像に見入っていた時だった。

「おはよ」

「サ、サラ！？」

　思いもよらない人物の登場で声がひっくり返る。
　まさか、サラがここに来るとは。
　今、パソコンモニターにはいかがわしい画像がズラリと並んでいる。
　これを見られるなんてことがあったりしたら、ドン引きされるか思いっきり冷やかされるか……。
　冷や汗がたらり、と垂れる。非常にヤバイ。ヤバ過ぎる。
　すぐに立ち上がると、勢いが付き過ぎてイスがガタン、と大きな音を立てた。
　構わず、夢中でモニターを背中で隠し、パソコンデスクに両肘をつきながら「ここから向こう側を絶対に見るなよ」とサラに精一杯の念を送る。

「何隠してんの」

「あ、いや、ちょっと……」

　何から話して良いのか分からず口をもごもごとさせていると、サラはいとも簡単に私を押し退け、モニター画面に目を向けた。
　ああ。見られてしまった。
　穴があったら入りたい。

「はあ？　これ、お前が着んの？」

「いや、あの……」

　コンサートの衣装を検索したらこの画像が出て来て、リカコ先生のような色っぽい女性になるにはどうすればいいのかを考察していただけだ。
　でもこんなこと、口が裂けても言えない。

「ど、どうだろう……」

「誤魔化すなよ。こんなのいつ着るつもり？」

「え、いつ？　違、そういうのじゃなくて。ちょっと見てみようかなって。あの、ほんと、ちょっとだけ。私も……大人っぽくなりた、くて」

　サラの視線が徐々に冷たくなっていく。

「大人っぽくなったら、その……今よりもちょっとはマシになれるかもしれないって……。私、男の人のこととかよく分かんないし、もう少し知れたら良いかなって」

「知ってどうすんの？」

「どうするって……分かんないけど、喜びそうなことをやってみる、とか？」