君を忘れてしまう前に
「おはよう、古河くん」
「おはよ」
たくさんの女の子達が、和馬くんに声をかけていく。
皆の声には明らかに好意が混じっていて、隣で聞いていると甘酸っぱい気持ちになった。
見た目が王子さまっぽくて近寄り難いサラとは違い、和馬くんはやんちゃな少年みたいな雰囲気があって親しみやすい。
どの女の子に対しても平等に接しているようで、恋愛経験も豊富そうだ。
「和馬くんってモテそうだね」
「全然ですよ。サラさんが凄すぎません? さっきも大学の門の前で声をかけられてましたし。あれ告白だと思うんですけど」
どんな子だったんだろう。
聞きたいけど、わたしの気持ちがサラに向いている限り下手にさぐらないほうがいい。
サラのことだから、きっと普段通り断っているはずだ。
それにサラには香音さんがいるし――。
「仁花さんって、サラさんのこと好きなんですか」
「え」
その場ですぐに隣を見上げると、和馬くんはいたずらに口角を上げた。
「分かりやす。からかっただけなんですけど」
「は!?」
一瞬のうちに耳まで熱くなる。
わたしが唇をぱくぱくとさせると、和馬くんは「ぶは」と吹き出した。
「だめ、言わないで。内緒にしてて、お願い!」
和馬くんの両腕を掴み、その手にぎゅっと力を込める。
唇を噛んですぐそばの焦げ茶色の瞳を見つめると、和馬くんは無言でわたしに視線を返した。
ずっとひた隠しにしてきた、分不相応な片思いだ。
心の中に留めておこうと決めたのに、もしも本人の耳に入ったら友達ですらいられなくなってしまう。
「分かりました、内緒で」
和馬くんは意地悪な笑みを浮かべながら、唇にトントンと人差し指をあてた。
からわれているのが気に食わなくて言い返そうした途端、タイミング悪く予鈴が鳴る。
「じゃあ、また」
力の抜けた両手から、するりと和馬くんの腕が逃げていく。
背を向けた和馬くんは、ちらりと振り返って「ばいばい」と楽しげに手を振った。
無機質に流れるベルの音が、不安な気持ちを煽る。
ばくばくと大きくなる胸の鼓動を抑え、わたしはJ−POPの校舎に向かった。