君を忘れてしまう前に

　サラの唇が近付いてきて再びキスをする。
　お互いの舌を激しく絡め合わせると気持ち良すぎてたまらなかった。
　ベッドに寝転んでいて良かった。
　ここまで来たら一秒も立っていられなかっただろう。
　覆いかぶさるサラの首に腕を回すと、サラは私の首筋に舌を這わせた。

「ん……」

　自分でも聞いたことがないような声が出ててしまい、ハッと我に返って恥ずかしくなる。
　これ以上、サラに変な声を聞かれるのは嫌だ。
　両手で口を強く抑えるも、サラはその手を簡単に剥がしてしまう。

「仁花の声が聞きたい」

「嫌だ……。だって変な声だし」

「変じゃないよ。可愛い」

「か、可愛い……？」

「うん、可愛い。全部、めちゃくちゃ可愛い。こうして仁花に触れられるなんて信じらんねー……夢みたい」

「わ……私もサラとこんなことしてるなんて夢みたいだよ。恥ずかしいけど……」

「恥ずかしがってんのも可愛い。もっと見せて。俺しか知らない仁花が見たい」

　キスをしながら、サラは片手で器用にワンピースのボタンを外していく。
　下着も脱がされて、むき出しになった私の肌にサラは吸い寄せられるようにして顔を近付けた。

「や、サラ……、くすぐったい」

「仁花」

　名前を呼ばれて、サラの方を見る。
　サラもちらりとこちらを見ると、私の胸の先にそっとキスを落とした。
　たまらなく恥ずかしい。
　しかも、ピクリと身体が反応して余計に恥ずかしくなった。

「やめて、いじわる……」

「ごめん、仁花が可愛い過ぎて」

　悪戯に笑みを浮かべるサラを、私は怒りを込めて睨みつけた。

「サラのばか……！」

　ふふ、とサラが笑っている。
　何だかサラだけ余裕があってとてつもなく悔しい。
　私ばかりがいっぱいいっぱいになって、それを面白がられてるのが凄く嫌だ。
　サラに余裕があるのは経験があるからだ。
　過去に私とは違う女の人と肌を重ねたことがあるからこれだけ落ち着いていられる。
　私はすべて初めてだが、サラは違う。
　サラのこういう姿を、既に他の誰かが見ているのだ。
　しかもその誰かは私よりもずっと可愛くてスタイルのいい人だ。
　嫌だ。
　凄く嫌だ。

「私ばっかり余裕ないの嫌だ」

「俺も全然ないよ」

「うそ、私のことからかう余裕あるじゃん。サラは他の人ともしたことあるから余裕あるんだよ。私なんか全部初めてなのに」

「仁花が初めてじゃなかったら、気がおかしくなるくらい嫉妬してるよ。俺は仁花と出会ってから誰ともこんなことしてない」

「出会う前はしてたってこと？」

「仁花と出会うって分かってたら誰ともやんなかったよ。こんなに誰かを好きになるなんて思わなかった。嫉妬する気持ちも分かんなかったし、されんのも嫌だった。でも今は違う」

　サラが啄むように何度もキスを落とす。

「サラの彼女になれる人なんて、私よりも絶対可愛いもん。比べられるのもほんと嫌だ」

「嫉妬してんの？」

「そうだよ。面倒くさいでしょ。自分でも分かってるよ」

「面倒くさい？　まさか。すげー嬉しい」

「ほんとに？」

「ほんと。なあ、悪いけど続きしていい？　仁花が可愛いことばっか言うからそろそろ我慢すんの限界かも」

　サラがシャツを剥ぎ取るように脱ぐと、引き締まった身体が露わになった。
　程よく筋肉が付いていて、男の人の身体はこんなに綺麗なのかと一瞬、目を奪われる。

「何、そんなじっと見て。腹とかバキバキなのが良かった？」

「ちがっ……。サラ、綺麗だなと思って……」

「仁花が言うか、それ」

　サラが再び私に覆いかぶさる。
　私の下着は全部脱がされて、生まれたままの姿だ。
　全部サラに見られている。
　恥ずかしい反面、私のすべてをサラが全部受け止めてくれることが心地良かった。

「仁花、挿れていい？」

「……いいよ」

　サラは私の両足を広げると、腰を深く沈めた。
　経験したことのない痛みが身体の中心をビリビリと走っていく。
　痛い。
　でも不思議と怖くなかった。
　サラが私の中に入ってくることが、とても嬉しい。
　ずっとサラが欲しかった。
　欲しくて欲しくてたまらなかった。
　手の届かない人だと思っていたサラが今はこんなにも近くにいる。
　瞳を潤ませながら、余裕のなさそうな表情で私を見つめているサラが何よりも愛おしい。

　抱きしめて欲しくて手を伸ばす。
　サラが私に答えるように覆いかぶさると、ぴたりと肌が重なり、二人の距離がなくなった。

「まだ痛い？」

「平気……だよ」

「無理しなくていいから」

「違うよ、サラを受け止めたいの。だからやめないで」

「何でさっきからそういうこと言うかな……」

「……私、変なこと言った？」

　サラは首を振ると、私の耳に唇を寄せた。

「いちいち可愛いこと言うから酷くしたくなる」

　サラの吐息混じりの声が鼓膜を刺激する。
お腹の奥がキュンと切なくなった。

「できるだけ優しくするから……動いていい？」

　こくりと頷くとサラはゆるゆると腰を動かし始めた。
　奥がズキズキと痛む。
　でもこれは私がサラに愛されている証拠だ。
　それならいくらでも痛めばいい。
　サラに愛されてることを実感できるなら、ずっと記憶に残るほどの痛みが残ればいい。
　そうすれば、少しはこの渇きにも似た気持ちが満たされるかもしれない。
　サラにもっと愛されたいという心の渇きが。

　濡れた音が室内に響く。
　二人とももう言葉は交わさなかった。
　お互いの吐息が混じり、どちらからともなくキスをする。
　お腹の違和感にも慣れてきた頃、唇の隙間から自然と声が漏れた。
　まるで他人のような艶っぽい声だ。
　その声を聞いた途端、サラの動きが激しいものに変わった。

　ベッドの上で、身体を揺さぶられる。
　腰を強く打ち付けられ、はくはくと唇が動いた。
　その唇をむさぼるようにサラに塞がれる。
　熱い。
　苦しい。
　でも、もっと欲しい。
　汗ばんだ身体を擦り付け合う。
　初めて知った恋の先に、こんなに荒々しい感情があったなんて思いもしなかった。

　サラのことが好きだ。
　心が燃えてなくなってしまいそうなほど好きだ。
　いっそ、このまま燃えてすべてなくなってしまえばいい。
　二人で一緒になくなってしまえば。

「仁花……愛してる」

　サラの動きが止まり、身体の重みが増す。
　お腹の奥が静かになって、サラが私の中で果てたことに気付くとこれ以上にない満足感が心を満たした。

「私も……愛してるよ」

　サラは大きく肩を揺らし、息を整えながら、私の唇に何度目か分からないキスを落とした。