君を忘れてしまう前に
立ち去ろうとする女の子に、みつきが舌打ちをする。
「朝からなに。だから、クラシックのヤツって大っ嫌いなの!」
この大学には、クラシック音楽を専門に学ぶ生徒とJ―POPを専門に学ぶ生徒の間に大きな隔たりがある。
歴史ある音楽を咀嚼しつつ、複雑な音符を正確に表現するクラシック音楽と、国内で流行している音楽を自由に表現するJ―POPとでは同じ音楽でも全く違う性質を持っていて、それらを学ぶ生徒達は相容れない関係にあった。
わたし達のようにJ―POPを学ぶ生徒達は、クラシック音楽を専門に学ぶ生徒達から「まともに譜面が読めない」と馬鹿にされている。
J―POPの生徒達もクラシックの生徒達を「即興演奏ができない」と罵る。
そうした悪循環が繰り返され、両生徒が関わり合うことはほとんどない。
いざこざを生むような酷い態度を取る生徒はごく一部に限られているけど、残念ながらその生徒達が学内全体に大きな影響を及ぼしている。
校舎が分かれていることが唯一の救いかも知れない。
その校舎でさえ、クラシックのほうは新しく建て直されて綺麗なのに、J―POPの生徒達が使う校舎は古くて汚い。
大学ぐるみでの扱いの差は歴然だった。
「おはよ」
後ろから、サラがひょこっと顔を出す。
わたしの隣にいたみつきは振り返り、サラのお腹を小突いた。
「急に出てくるからびっくりしたじゃん」
「こっちは仁花か。ギターが歩いてんのかと思った」
みつきのことはおかまいなしに、サラはわたしのギターケースをポンポンと軽く叩いた。
心臓が、風船みたいにバクーンと大きく揺れる。