悪役令嬢と臆病な子犬
バルコニーでは心地よい夜風が吹いていた。
東京の夜空とは違い、無数の星が立体的に降り注ぐ様に見えた。

「外は冷えます故、こちらをどうぞ。」

アルベルトは自分の上着を脱ぐと私の肩にかけた。

「ありがとうございます。」

静寂の時が流れる。

何から説明すれば良いのだろう…。まだ自分でも理解できないことばかり起きている。果たして小説の中の人物に説明したところで理解してもらえるのか謎だった。

「アルベルト様は、どうして私がヴィニータではないとわかったのですか?」

「先程も申し上げましたが、自分はウォルダム公爵令嬢に恋しております。そして、恐らくウォルダム公爵令嬢も同じ想いだと感じております。ですから、ファビオ様の手前、私とは決してダンスをご一緒して頂けませんでした。それなのに本日は二つ返事で受けて頂けました。」

 それであの瞬間、少しだけ表情が変わったのね…。

「何よりも貴方から漂う空気がウォルダム公爵令嬢のものとは全く違っていた。私は騎士なので気配には敏感なんです。」

「そうでしたか…。私が何か悪者で彼女の体を乗っ取っているとかは考えなかったのですか?」

「一瞬浮かびましたが、貴方からは邪な気配は感じられませんでした。何かご事情があるのかと思い声を掛けさせていただいた次第です。」

「信じてもらえるかわかりませんが…。私の本当の名前は重村 美緒と言います。重村はファミリーネームなので美緒と呼んでください。」

「私にとって既に予想外のことが起きているのです。美緒様の身に起きたお話を是非聞かせてください。」

「……わかりました。」

アルベルト様には理由は濁したが薬を飲んで死のうとしたこと、そして目が覚めたらヴィニータになっていたと正直に伝えた。それから、目が覚める前の世界で読んだ小説の登場人物とそのストーリーを…。
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