悪役令嬢と臆病な子犬

子犬の気持ち

『もう渚と関わるのはうんざり。渚が私の事を嫌いだとしてもずっと好きだった。さようなら。』

 …どういうことだよ。

美緒から送られてきたメッセージに困惑していた。

大学での講義が終わり近くのカフェで友達と喋っていた。同じ授業を取っていた女の子たちが俺とまだ一緒にいたいとしつこく腕に絡みついていたからだ。正直、小学校の頃から俺はモテていた。ちょっと優しく笑いかければ大抵の女子は俺の事を好きだと言い始めた。

しかし、そんな俺でも苦手な女子がいた。それは幼馴染の美緒だった。
なぜか彼女と一緒にいると優しくできない。ついつい憎まれ口になってしまっていた。
美緒の前だと他の女の子たちにいつも以上に触れ、嫉妬させたくなった。

特別美人でもなく大人しい美緒の前だと完全に感情のコントロールが効かなかった。

年を重ねるにつれ、その気持ちが恋だと気づき、そんなんじゃダメだと分かっていても今更態度を変えるわけにいかず、完全に初恋をこじらせていた。
美緒に好きな人ができたり、美緒の事を好きだという男がいるとこっそり邪魔していた。

そんな態度の俺だから、当然美緒が俺の事を好きになるなんて奇跡は起こらないと思っていた。
だから、美緒から突然送られてきたメッセージに戸惑う。

 俺の事をずっと好きだったって?
 さよならってどういうことだよ。

何度メッセージを送っても既読にならず、電話をかけても通話にならない。

「悪い。俺、先に帰るわ…。」

嫌な予感しかしない。

一度、一人暮らしをしている自宅に戻り美緒の母親から預かった美緒のアパートの部屋の鍵を掴み車に乗った。

美緒は俺から離れようと一人暮らしが必要な大学を受験したが、美緒の両親と仲良くして、こっそり志望校を聞き出し同じ大学を受けた。
美緒の親からの信頼は厚く、何かあった時のために合鍵を預かっていたのだが、俺が合鍵を持っていることは美緒は知らないでいた。

鍵を取りにいって正解だった。
何度チャイムを鳴らしても反応が無い。

鍵を開けて中に入ると美緒はベッドの上で眠っていた。
頬を触ると暖かくちゃんと息もしていた。

「…良かった。生きてる。」

眠っている美緒を見るのは生まれて初めてだった。ずっと二人きりで過ごす時間を夢見ていた。
寄ってくる女の子を抱いているときも、相手が美緒だったら…。といつも想像していた。

眠っている姿が愛しくてたまらない。

 あぁ…我慢の限界だ。

頬に軽くキスをするだけつもりが首筋、唇へと移動し止められない。

「…美緒(みお)。…お前が好きだ。」

苦しいくらいに、このまま自分のものにしたいという欲に襲われた。

 美緒もずっと俺の事を好きだったとメッセージにあった。

 …きっと許される。

自分勝手な方程式で結論付ける。

しかし、この後予想外の展開となる。

「いけませんわっ!!!」

「何それ?そういうプレイ?」

「美緒のここ、めっちゃトロトロになってる…。俺のも触って…。」

もう、自分では止らる状態ではなかったのだが、強制的に終了となった。

「わっ…(わたくし)は、ウォルダム家次女、ヴィニータ・イサドレア・ウォルダムと申します。」

 こいつ何言ってんだ?そういや、美緒は小説をよく読んでいた。もしかして登場人物になりきっているとか?

美緒が手にした封筒に自分の名前があった。彼女が破り捨ててしまう前に奪い取って手紙を読んだ。

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渚へ

子どもの頃からずっと好きでした。
でも、あなたの側にいると渚の事が好きな女子に目の敵にされるの。

何度もイジメにあったし、最近では嫌がらせでレイプされそうにもなったわ。

渚を思いながら他の男に何て抱かれたくない。
嫌われていても、片想いでも幸せだったのに…。

もう限界。さようなら。

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手紙を読んでいくうちに涙が込み上げてくるが、必死に耐えた。

 …何だよ。

 レイプされそうになったってどういうことだよ。

 机の上にある睡眠薬のゴミの束…。

 まさか、本気で死ぬ気だったか?

「美緒…。どういう事だ?なぜ今まで黙ってた??」

しかし、目の前の美緒は相変わらずトンチンカンなことを言っている。彼女は俺の事を知らないから自己紹介しろと言う。

どこからどう見ても美緒なのに…。一体何が起きているんだ??
両思いだと分かったのに彼女に触れられないなんて…、完全に拷問じゃないか。

思わず美緒との関係を恋人だと告げてしまった。いや、でも両思いだと分かった今は嘘ではないはずだ。

「…薬のせいか?病院に行くぞ。」

キョトンとしている美緒が寒くない様に上着を着せ靴を履かせた。
普段使っているバッグを除くと財布が入っていた。一緒に保険証が入っていることを確認し、自分のカバンに入れ病院へと向かった。
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