婚約破棄前提の溺愛同居生活でイケメン副社長と××をお試し中です
第5話 キスしたくなる口紅!?
〇高級マンション最上階、創一郎の家の寝室(月曜日の朝)
ベッドで眠っている花。
花(心地よくて安心する……)
夢の中で花は、大きな抱き枕に腕をまわして眠っていた。
花(抱き枕ぎゅッてするの、なんか幸せ……)
花「んー……」
抱きしめている存在にスリスリ顔を擦りつける花。
すると花の少し上の方から、クス、と小さく笑う声が聞こえた。
創一郎「そんな風にされたら、朝なのにずっとこうしていたくなっちゃうよ、花」
花「ほぇ?」
寝惚けながら花が目を開けると、黒いパジャマの胸元から覗く鎖骨が目に飛び込んできた。
サーッと花の顔に縦線が入ったかのように青くなる。
花(このパジャマ、相澤さんが昨日の夜着てた……)
恐る恐る上を向く花。
柔らかく微笑んだ創一郎が、どうする?起きる?、と花に声をかけた。
みるみるうちに花の顔が赤くなっていく。
ガバッと、起き上がる花。
花「ご、ごめんなさい起きます~っっ」
花は走って寝室を出て行く。
その後ろ姿を眺めながら創一郎は、可愛いな……、と心の中で呟いていた。
〇表参道駅近くの通り沿いにあるカフェ(同じ日の夕方)
カフェで店員がコーヒーを淹れる様子を眺める事ができるカウンター席に座っている花の目の前に、フルーツが飾られたミニパフェが置かれた。
少し驚いた表情で顔を上げた花に、カフェの制服を着た勇太が太陽みたいな笑顔を向けている。
勇太「どうぞ」
花「ぇ、私、頼んでないよ」
勇太「お金なんか取るわけないだろ、サービスだよ」
花「そ、そんなの悪いよ」
少し頬を赤らめながら花は恐縮している。
勇太「いーんだよ花。ここ俺の親が経営しているカフェだし」
勇太の姉「いーのよ花ちゃん。勇太のバイト代からちゃんと引いとくから」
カウンターの中に立っている、勇太とよく似た女性が花に声をかけた。
勇太の姉「勇太の勉強みてくれてありがとうね。出来の悪い弟だから大変でしょう?」
勇太「ひでーな姉ちゃん」
勇太の姉「ここでは店長と呼びなさい」
勇太「はいはいてんちょー」
勇太の姉「心がこもってない、やり直し」
ふたりのやりとりを見ていた花は、思わずクスクス笑ってしまう。
花の笑顔を見て、ぉ、と勇太は僅かに頬を染めた。
勇太「花、今日は家の人遅いんだろ。俺のバイト代から出すからなんか食ってけよ」
花「ぇ、ぇ、ダメだよ。今日のお昼も勇太君に払ってもらっちゃったし」
手をブンブン横に振って花は恐縮する。
にかッと勇太が笑った。
勇太「奢ったっていってもファーストフードだろ。補習の後で勉強みてくれたお礼だし。気にすんなって」
花「気にするよ……」
勇太「それじゃ、さ」
少しだけ花から視線を逸らして勇太が言葉を発する。
勇太「週末に花火大会があるから、そこで花が俺にたこ焼き奢って」
花「たこ焼きでいいの?他にもたのんでいいよ」
勇太「それはまた当日考えるよ。じゃ土曜日、約束な」
土曜日、と言われて花はハッとした。
花(今度の土曜日か……。お父さんが亡くなってからは普通の日と変わらない日)
勇太「連絡先交換しとこーぜ。ぁ、スマホ持ってなかったっけ」
花「ぁ、今は持ってるの。でもまだ使い方がよく分からなくて」
勇太「そんじゃ教えながら俺の連絡先入れるから、出して」
スマホでお互いの連絡先を登録する勇太と花。
勇太「よし、と。これでオッケー」
勇太の姉「勇太、そろそろ真面目に働けー」
勇太「はいよー」
勇太が他の席の接客に向かったので、花は手帳を出して花火大会の予定を8月7日の土曜日に記入する。
花(自分の誕生日……ちょっと忘れてた)
お見合い前に『でも来月で18歳でしょう?』と言った時の継母の顔を花は思い出す。
花(8月が私の誕生日だって事は覚えててくれたんだ。何かしてもらった事は無いけど……)
〇高級マンション最上階、創一郎の家のリビング(夜)
ソファに座った花が猫のハナコを撫でていると、ローテーブルに置いてあったスマホが震えた。
花がスマホを取ると、画面にはネグからの着信を告げる表示。
電話に出る花。
ネグ『花ちゃん?創一郎はまだ運転中かなと思って花ちゃんにかけちゃった。あとで創一郎に伝言してもらってもいいかしら?』
花「はい、大丈夫です」
ネグ『創一郎への誕生日プレゼント、家に届いた分も仕事関係は会社でまとめてお礼を送るから分けておいてって伝えてくれる?』
花「ぇ、誕生日プレゼント、ですか?」
ネグ『そうよ。今日で26歳でしょ、創一郎』
花の顔から血の気が引いていく。
花(相澤さんの誕生日、知らなかった……っ)
ネグ『夕食の時に伝えそびれちゃって。それじゃお願いね、花ちゃん』
花「はい、わかりました……」
電話を切った花が小さく呟く。
花「誕生日の食事は、ネグさんと一緒だったんだ……」
何かを感じとったのか、にゃーぅ、と慰めるように花の足に身体を擦り寄せるハナコ。
その直後、ガチャ、と玄関の方でドアの開く音がした。
花(相澤さんだ)
パタパタパタと玄関へ移動する花。
花「おかえりなさい」
創一郎「ただいま、花」
創一郎(新婚みたいなやり取りだな)
ほっこりとした創一郎だが、花の瞳にほんの微かな陰りを感じてすぐに気遣うような表情になった。
創一郎「何か心配事?俺でよければ話聞くよ」
花(ぅ、よく見てるな相澤さん)
廊下を歩きながら会話をする創一郎と花。
花「秘書の方から連絡がありました。家に届いた誕生日プレゼントの件で」
創一郎「そっか、ありがとう」
リビングに戻り、ソファに座る創一郎と花。
二人掛けのソファだがゆったりとしたサイズのため、ふたりの間には少し間がある。
創一郎「それで、花の心配事は何かな?」
自分の膝の上にのった猫のハナコを撫でながら創一郎が花に聞いた。
花「心配事、といいますか……相澤さんの誕生日なのに何もお祝い用意してなくてごめんなさい」
創一郎は意外そうに目を少し見開いた。
創一郎「そんな事、気にしなくていいのに」
ハハ、と創一郎が笑う。
創一郎の膝の上で丸くなったハナコは、創一郎に撫でられて嬉しそうに喉を鳴らしていた。
花(ハナコ幸せそう)
思わず花は呟いてしまう。
花「いいなぁ……」
創一郎「ん、何が?」
創一郎に問いかけられて、花はハッとする。
花(相澤さんに撫でられていいなって言ったら、そんな願望が私にあるって思われちゃう!?)
花「ハナコは相澤さんに癒しをプレゼントできていいなぁと思って。私は何もできないから」
チラリと花の方を見たハナコが、ふわぁーと大きなあくびをした。
そしてハナコは創一郎の太腿からおりてリビングにある自分のクッションの所へ行くと、そこで丸くなる。
創一郎が花の方を見て、悪戯っぽく笑った。
創一郎「ここが空いたから、今度は花がきて俺を癒してくれる?」
花「はい」
創一郎「え? 本当に?」
驚いた表情の創一郎。
花は、あれ?、と戸惑った顔をしている。
花(も、もしかして今の冗談?私、やらかしちゃった!?)
恥ずかしくて自分で穴を掘って入ったまま閉じこもりたいっ、というくらい花は顔を赤くしている。
軽く両腕を広げた創一郎が、甘やかすような笑顔を花に向けた。
創一郎「おいで」
花「し、失礼します……」
ひっこみがつかなくなった花はおずおずと創一郎の膝の上に座った。
創一郎は優しく花を抱きしめて頭を撫でる。
創一郎「俺とくっついてるの、嫌じゃない?」
花「嫌じゃないです」
花(むしろ心地いい)
創一郎「花の髪の毛ふわふわで、可愛い。ずっと撫でていたい」
花「ハナコを撫でている時と同じくらい癒されますか?」
創一郎「すっごく癒される」
花(よし、ハナコと同じくらい役に立てた)
心の中でガッツポーズをする花。
花「相澤さん、他にも何か私にできる事ありませんか?」
創一郎「他に?」
花「はい、誕生日プレゼントに。例えば肩たたきとか」
それってまるで父の日のプレゼント……花にとって俺って父親?、と創一郎は心の中で苦笑する。
少しの間、創一郎は天井のあたりを見つめ思案顔。
創一郎「そしたら、さ」
創一郎がジッと見つめてきたので、花の心臓がドキッと跳ねる。
創一郎「俺の事、名前で呼んで」
花「名前で……?」
創一郎「うん、名前で」
花(そんな簡単な事でいいんですか……、あれ、胸が変?)
何故かもの凄く緊張して、花はドッドッドッと鼓動が激しくなった。
花「創一郎……さん?」
創一郎の腕の中にいる花が、頬を染めながら創一郎の名を呼ぶ。
その瞬間、創一郎の胸がハートの矢でズキューンと打ち抜かれた。
自分の手のひらを顔に当て俯き、心の中で花の可愛さに悶える創一郎。
花「創一郎さん……お誕生日、おめでとうございます」
創一郎は顔を上げると、照れくさそうにして笑った。
創一郎「花、ありがとう。今までで最高に幸せな誕生日だ」
花(うわぁ、その笑顔、好き、可愛い、大好き……)
創一郎の笑顔を見た花の胸がキュン、とときめく。
創一郎「そうだ花。今度の土日、出張の日程がずらせそうなんだけど良かったらどこかに出かけないか?」
花(今度の土曜日……)
花「ごめんなさい。土曜日に友達と花火大会へ行く約束をしていて」
創一郎「……そうか、わかった。楽しんでおいで」
花は創一郎のスーツの胸ポケットにある、細長い小さな箱に気が付いた。
花「この箱って……」
創一郎「ぁぁ、これ?」
スッと自分の胸ポケットから小さな細長い箱を取り出した創一郎。
創一郎「ディナーミーティングでプレゼンされた商品、今日は仕事の話をしながら夕食だったんだよ」
創一郎が苦笑する。
花(あ、それじゃぁネグさんとの夕食って、ふたりきりじゃなくて仕事?)
創一郎「今度の会議までに、意見を出せるようにしておかないと」
花は細長い箱に他の字とは違う書体で書かれた、ひときわ目立つ一文があるのに気がついた。
その文が書かれているところを指で示す花。
花「これ、キャッチフレーズとかですか?なんて書いてあるんでしょう?」
創一郎「フランス語だね。『恋人がキスしたくなる口紅』だって」
花(……き、きすしたくなる?そんな口紅、あるの!?)
花の唇のすぐ下を、口紅の入った箱でチョンと触れた創一郎。
創一郎「どうする、試してみる?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、創一郎が花の瞳を見つめた。