水縹のメロディ
2-7
演奏が終わって立ち上がり、ハルはそのままテラスのほうへやってきた。夏紀と恵子の間を通り、バーベキューを楽しんでいた人たちの前で止まった。
「本日は、お越しいただき、ありがとうございます。ここまでやってこれたのも、皆さんのおかげです。普段の営業だけでなく、こういう機会も定期的に取れれば良いなと考えています。これからも、ハレノヒカフェをよろしくお願いします」
ハルは一礼してから、客たちに食事を続けるように促した。恵子にもデザートを取りに行くんじゃなかったのかと言い、最後に夏紀のほうを向いた。
「見たんだ、ポスター」
「は、はい……」
「ちょっとは元気になった?」
聞きながらハルは足を店内に向ける。夏紀が元気になったのは確認済なのか、彼は夏紀の返事を聞かなかった。そのままピアノに戻る彼を夏紀は追った。
「あの、どうして……」
「どうして、何?」
どうして、ここにいるんですか。
聞こうと口を開けたけれど、それは声にはならなかった。
ならなかったけれど、夏紀は自分で答えを見つけた気がしていた。もしかするとハルは、この店のオーナーではないのかと思った──それは、正解だった。デザートを持って出てきた恵子が、「オーナー、ほんとにピアノ弾けるんですね。あれ、夏紀ちゃん、知り合い?」と言った。
「どうして──」
どうして私を雇ったんですか。
夏紀にもう一つの疑問が浮かんだ、けれど、それも声にはならなかった。
「あんたが言おうとしてること、当ててみようか」
夏紀は何も言わず、ただハルの言葉を待った。
「知ってると思うけど、俺、ここにいること滅多にないから。でも、お客さんには音楽で楽しんでもらいたい。だから、ここで弾いてくれる人を募集した」
「そうですか……でも、私、ハルさんみたいに上手くないです」
「大丈夫、あとで楽譜渡すけど、あんたなら初見で弾ける。高いレベルは要求しないよ」
私がどれだけ弾けるのか知ってるんですか。
夏紀はやはり何も聞かず、ハルがピアノを片付けるのを見つめていた。背が高くてスマートで、モデルと言われれば信じるかもしれない。それに夏紀が今まで聴いた中では一番じゃないかと思うくらい、ピアノが上手い。
「あ──そうだ、傘、今度、持ってきて」
「え? 傘……あ、は、はい!」
夏紀の返事は背中で聞いて、ハルは店の奥に入っていった。
「ちょっと、夏紀ー、もしかして、例のイケメン?」
一部始終を見ていたさやかが、夏紀の後ろから顔をのぞかせた。二人分のデザートを持って、にやにやしていた。
「う、うん……ちょっと、いま混乱してる……」
夏紀は近くの椅子に座り、さやかからデザートを受け取った。丸い容器に入ったそれは、澄んだ綺麗な青色をしていた。
「これ、オーナーが作ったんだって。さっきの人でしょ?」
「うん。……って、ハルさんが?」
どれだけ才能あるんですか、と夏紀はため息をついた。ここまで多才なのを見せられると、本当に自分のピアノで大丈夫なのかと心配になる。
「世の中にはすごい人がいるもんだねぇ」
「すごいってもんじゃないでしょ……なんかもう、違う世界の人みたい。デキスギ君じゃあるまいし」
言いながら夏紀は、デザートを一口食べた。爽やかなサイダーが口いっぱいに広がって、バーベキューの口直しにちょうどいい。
「だけど──憎めないよね」
それは夏紀も同感だった。才能がありすぎて自慢しているようにしか見えないし、かけられる言葉も態度も冷たい。だけど、夏紀に二回も傘を貸してくれたのは紛れもない事実で、ハルが作ったというデザートも美味しくて文句を言う気にはなれなかった。
「本日は、お越しいただき、ありがとうございます。ここまでやってこれたのも、皆さんのおかげです。普段の営業だけでなく、こういう機会も定期的に取れれば良いなと考えています。これからも、ハレノヒカフェをよろしくお願いします」
ハルは一礼してから、客たちに食事を続けるように促した。恵子にもデザートを取りに行くんじゃなかったのかと言い、最後に夏紀のほうを向いた。
「見たんだ、ポスター」
「は、はい……」
「ちょっとは元気になった?」
聞きながらハルは足を店内に向ける。夏紀が元気になったのは確認済なのか、彼は夏紀の返事を聞かなかった。そのままピアノに戻る彼を夏紀は追った。
「あの、どうして……」
「どうして、何?」
どうして、ここにいるんですか。
聞こうと口を開けたけれど、それは声にはならなかった。
ならなかったけれど、夏紀は自分で答えを見つけた気がしていた。もしかするとハルは、この店のオーナーではないのかと思った──それは、正解だった。デザートを持って出てきた恵子が、「オーナー、ほんとにピアノ弾けるんですね。あれ、夏紀ちゃん、知り合い?」と言った。
「どうして──」
どうして私を雇ったんですか。
夏紀にもう一つの疑問が浮かんだ、けれど、それも声にはならなかった。
「あんたが言おうとしてること、当ててみようか」
夏紀は何も言わず、ただハルの言葉を待った。
「知ってると思うけど、俺、ここにいること滅多にないから。でも、お客さんには音楽で楽しんでもらいたい。だから、ここで弾いてくれる人を募集した」
「そうですか……でも、私、ハルさんみたいに上手くないです」
「大丈夫、あとで楽譜渡すけど、あんたなら初見で弾ける。高いレベルは要求しないよ」
私がどれだけ弾けるのか知ってるんですか。
夏紀はやはり何も聞かず、ハルがピアノを片付けるのを見つめていた。背が高くてスマートで、モデルと言われれば信じるかもしれない。それに夏紀が今まで聴いた中では一番じゃないかと思うくらい、ピアノが上手い。
「あ──そうだ、傘、今度、持ってきて」
「え? 傘……あ、は、はい!」
夏紀の返事は背中で聞いて、ハルは店の奥に入っていった。
「ちょっと、夏紀ー、もしかして、例のイケメン?」
一部始終を見ていたさやかが、夏紀の後ろから顔をのぞかせた。二人分のデザートを持って、にやにやしていた。
「う、うん……ちょっと、いま混乱してる……」
夏紀は近くの椅子に座り、さやかからデザートを受け取った。丸い容器に入ったそれは、澄んだ綺麗な青色をしていた。
「これ、オーナーが作ったんだって。さっきの人でしょ?」
「うん。……って、ハルさんが?」
どれだけ才能あるんですか、と夏紀はため息をついた。ここまで多才なのを見せられると、本当に自分のピアノで大丈夫なのかと心配になる。
「世の中にはすごい人がいるもんだねぇ」
「すごいってもんじゃないでしょ……なんかもう、違う世界の人みたい。デキスギ君じゃあるまいし」
言いながら夏紀は、デザートを一口食べた。爽やかなサイダーが口いっぱいに広がって、バーベキューの口直しにちょうどいい。
「だけど──憎めないよね」
それは夏紀も同感だった。才能がありすぎて自慢しているようにしか見えないし、かけられる言葉も態度も冷たい。だけど、夏紀に二回も傘を貸してくれたのは紛れもない事実で、ハルが作ったというデザートも美味しくて文句を言う気にはなれなかった。