水縹のメロディ

5-9

「本日はおめでとうございます」
「あ、あり……っ、ありが、とう、ございますっ」

 ハルと夏紀の結婚式当日。
 受付を頼まれていた徹二は、緊張の連続だった。招待客はモデルや芸能人が多いとは聞いていたけれど、本当にテレビで見る顔がずらりと並ぶので言葉も出て来ない。

「ちょっと徹ちゃん、しっかり!」

 隣で恵子が笑いながら、招待客から祝儀を受け取った。芳名帳への記帳をお願いし、控室を案内してから徹二の背中をさすった。

「オーナーって、本当にすごいですね。こんな豪華な人たち……」
「そうねぇ。今日もまた、サラッと挨拶するんでしょうねぇ。ピアノも弾くのかな」
「あー、弾くかもしれないですね。それか、BGMに、あの曲を使うか」

 その可能性は大ね、と言う恵子の視線の先に、駒井勇馬とさやかの姿があった。
 徹二にそのことを知らせると、彼は安心したのか、急に笑顔になった。もちろん、今までも笑顔でいたけれど、引きつってガチガチだった。

「徹ちゃん、おめでとうー! って、本当は夏紀とオーナーだけどね」
「ちょうど良いところに来てくれたわー。さっきから徹ちゃん、緊張しまくりなのよ」

 ははは、と笑う恵子につられ、さやかと勇馬も笑う。だって芸能人だらけなんですよ、緊張しますよ、と小声で言う徹二は、深呼吸をした。

「それじゃ、徹ちゃん、頑張ってね」

 受付が混雑してきたので、さやかと勇馬は控室に向かった。そして近くにいた芸能人たちに「新婦の親友です」と挨拶をして回った、と、あとで本人から聞いた。

 結婚式は、チャペルで行われた。ハルが最初に登場したとき、美しすぎる彼の姿にきっと全員が息を呑んだ。静かな音楽が流れる中、ハルはじっと正面を見て歩く。

(城崎さん、僕、緊張してきました……)
(なに言ってんのよ、主役はオーナーよ?)

 目で会話する二人の前を通り、ハルは参列者席の少し前で振り返った。服装はもちろん髪型も普段とは違う彼に、夏紀もきっと惚れ直しただろう。徹二の心の奥にはまだ夏紀への想いが残っているけれど、ハルには勝てそうにない。

 再び扉が開いて、今度は夏紀が父親と登場した。
 ベールに覆われているのではっきりとは見えないけれど、夏紀も緊張しているように見えた。

(やっぱり緊張しますよね!)
(徹ちゃんは緊張しすぎなのよ)

 父親の手を離れ、夏紀はハルと祭壇へと進む。
 純白のウエディングドレスが本当に輝いて見えたのは、照明だろうか、それともハルが隣にいるからだろうか。

 式を終えて退場するとき、ハルは徹二に「サンキュー」と口を動かした。
 モデル仲間よりも先に声をかけてもらえたことが嬉しくて、徹二は思わず泣いてしまった。

「泣くなよ」

 ハルがそう言っているように見えて、目をこすってから、おめでとうございます、と拍手を送った。扉へ向かうハルと夏紀の後ろ姿が、今まで以上に大きく見えた。

 プロヴァンス風の披露宴会場に、音楽はやっぱりきらきら星だった。
 ようやく芸能人たちから少し離れて夏紀の親族たちに囲まれて、徹二は落ち着いた。隣にいるのは恵子で、同じテーブルにはさやかと勇馬もいる。

「本当は料理も全部、オーナーが作りたいって言ってたんだけどね」

 ハルと夏紀は立ち上がり、ウェディングケーキに入刀しようとしていた。徹二は合図が出るなり立ち上がり、いちばん良い場所でカメラを構えた。ハルは一瞬、ニヤリとしたけれど、すぐに笑顔になった。

「料理は無理だったけど、ケーキだけは! って、オーナー頼んだんだって。良いなぁ、私もあんなダンナが欲しかったなぁ」

 ファーストバイトで夏紀がおもちゃの傘を持っているのを見て、ハルはすぐに顔をひきつらせた。二人の傘のエピソードは既に司会から紹介があったので意味は通じる、けれど、フォークより大きい傘で食べるということは、クリームが顔につく。

(ナツ──俺を汚す気?)
(自分で作ったケーキだよ? はい!)

 露先あたりにケーキを乗せて、夏紀は笑っていた。

 そして渋々口を開けるハルの頬には──。

 やはりクリームがついてしまったようで、ハルは顔をひきつらせながらハンカチで頬をふいた。イケメンモデルのこんな姿を見られるのは、参加者の特権だろう。徹二のカメラは嫌そうな顔をするハルを捉えていて、後日、入刀のシーンと並べてハレノヒカフェの演奏スペースに飾ることになった。もちろん、徹二と恵子の勝手な判断で……。

 披露宴が終了し招待客が退場するのを待って、徹二と恵子は最後に会場を出た。ドアの外で待っていたハルと夏紀に駆け寄り、改めて祝辞を述べる。

「オーナー、かっこ良かったです! 夏紀さんも綺麗で……」
「テツ、ありがとう。助かったよ。明日はゆっくり休んで」
「はい。オーナーも、新婚旅行楽しんできて下さい」
「徹ちゃん、カフェに戻ったら、写真見せてね」
「はい! 夏紀さんもいっぱい撮りました!」

 本当に嬉しそうに笑う徹二に、ハルは相変わらず冷たい視線を突き刺していたけれど──。

「もう、ハル、そんな顔しないで! ほら、行くよ、お腹すいちゃった、早く着替えて食べよっ!」

 笑顔の夏紀に腕を掴まれ、フッと笑顔になった。

「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい!」

 コツコツと鳴るハルの靴音が、だんだん小さくなっていった。
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