Einsatz─あの日のミュージカル・スコア─
第3話 余韻と過去の友人
「そうや、みんなで校歌歌おうよ! みんな覚えてる?」
美咲たちとは違うグループからそんな話が出て、やがて全員が歌詞を思い出そうとし始めた。完璧に覚えている人、一番と二番が混ざっている人、小学校の校歌と似ていたからと途中でおかしくなっている人。
「ピアノあるし、誰か弾いて」
校歌を歌おう、と言い始めたグループの中に校歌の伴奏経験者がいたので、美咲は歌う側になった。美咲は校歌は何となく覚えていたので、回りの友人たちのリードをすることになった。肝心の伴奏が途中で危なくなっていたけれど、美咲は弾かずに済んだ。
同窓会の時間が終わりに近づいた頃に二次会の話が出たけれど、美咲は参加せずに帰ることにした。華子も用事があるからと車で帰ってしまったので、美咲は一人で駅に向かった。同じく電車での帰宅組がいたので途中まで一緒に帰り、電車を降りてから航に電話した。
『今日はありがとうね! また会おう!』
帰宅後しばらくしてから、華子からLINEがあった。彼女も無事に帰宅して、明日の仕事に備えて早めに寝るらしい。ちなみに華子はまだ独身で、同窓会の話を聞いたときに「優良物件おらんかな?」と言っていた。美咲は華子が男性陣と話しているのを見なかったので、残念ながら良い人はいなかったようだ。
華子に『こちらこそ』という返事を送ってから、美咲は大倉裕人にもらった名刺を見た。彼が勤めるヘアサロンの連絡先と、裏面に彼個人の連絡先を書いてくれていた。少し迷ってから美咲は個人の連絡先をLINEに登録した。
裕人もLINEを見ていたのか、すぐに友達に追加されたので『小山(紀伊)美咲です』ととりあえず送信した。
裕人は友人たち数人で飲みに行ったようで、電車で帰っているところだと返事がきた。住んでいるところは全員が違うので、いまは一人らしい。
「美咲、何してんの? それ誰?」
美咲が名刺を見ながらLINEをしていると、航が名刺を覗きにきた。
「同窓会で貰ったん?」
「そうそう。駅前で美容院やってるらしくて、今度行こうかなぁと思って」
引っ越してから最初に美容院を探したとき、近くの店を調べていると口コミの良いところが徒歩圏内にあった。何度か行って、店内もお洒落でスタッフとも話せるけれど、料金が割高なのが少し気になっていた。
「駅前……あ、HIRO? 俺の後輩で行ってる奴おるわ。結構良いらしいで」
ふぅん、と航には適当に相槌を打って、美咲はLINEに視線を戻した。旦那の後輩が通っているらしい、と送信すると、『誰やろ? 電車降りるから、またな!』と返ってきた。
美咲は中学に入った頃から裕人の存在は知っていた──クラスは違うけれど目立っていた──けれど実際に初めて話したのは二年生になって同じクラスになってからだった。一年生のときに仲良くなった友人と同じ塾に通っているようで、見渡すと、塾が一緒のクラスメイトが結構いたらしい。
美咲は新たな友人やよく話す生徒を増やし、やがて同じ塾にも通うようになった。そして中学卒業の頃には裕人は友人──ではなかったけれど、それなりに仲良く話す相手になっていた。
そのきっかけになった友人とは残念ながら高校で離れてから疎遠になり、大学生になってからSNSで見つけたときに連絡を試みたけれど素っ気ない一言しか返ってこなかったので、それ以来、美咲は連絡をしなかったし、同窓会の連絡は実家に送ったけれど参加はしていなかった。
そういえば彼女は裕人と同じ高校だったな、と思い出したけれど、それもどうでも良かった。つい最近、新たなSNSのアカウントを見つけたけれど一年以上前に更新が止まっていたし、美咲とはまるで違う生活をしていた。同窓会に来ていた人からも彼女の話は聞かなかったし、素っ気ない返事が来たときに当時大学で同じゼミだった仲間に簡単に話すと『なにそれ!』と全員が口を揃えた。
(あんなん……ほっとこ!)
美咲は気持ちを切り替えて、もう少しだけ同窓会の余韻に浸ることにした。新たにLINEに追加した友人たちに簡単に連絡をして、連絡先は貰わなかった人たち──裕人の友人たちを思い浮かべた。残念な方向に向かいかけている人は、いたけれど。美咲が気になっていた人たちは当時のイメージのまま大人になっていて、それが確認できただけでも良かったな、と思う。
彼らは美咲の初恋ではなかったけれど。仮にも少しでも好きになった人を見かけたときに、あまりに様変わりしていてショックを受けるのは嫌だとずっと思っていた。
「今回幹事の手伝いしたから、次はないやろ?」
「と思うけど……。ハナちゃんがまた幹事やるって言ったら、わからんな」
華子から同窓会の幹事を手伝ってほしいと言われたとき、美咲には参加の予定はなかった。仕方ないので準備だけ親戚の好で手伝って、当日は顔を出さないつもりだった。最終的に参加を決めて良かったとは思ったけれど、何年後かわからない次回開催時には、せめてもう少し規模を小さくしてもらわないと、幹事も出席するのも大変だ。
「十人くらいで飲み会とかのほうが楽やわ……。まぁでも、久々やったし、何人か連絡先交換できたから、今回は良かったけどな……」
「名刺もらってた奴……ネットに載ってたで。人気みたいやな」
「そうなん? へぇー」
そう言われると、裕人は他の男性陣よりはお洒落な服装をしていた。中学の頃から少し周りとは違う服装をしていたけれど、大人になったいまはシンプル路線らしい。
「……どうしたん?」
「いや──」
航がじっと美咲を見ていた。
「なに考えてんの?」
航は何でもないと言ったけれど、しばらく美咲に甘えていた。浮気の心配をしたのではないかと察しがついたので、そんなことはしませんよ、というつもりで彼に優しくした。
美咲たちとは違うグループからそんな話が出て、やがて全員が歌詞を思い出そうとし始めた。完璧に覚えている人、一番と二番が混ざっている人、小学校の校歌と似ていたからと途中でおかしくなっている人。
「ピアノあるし、誰か弾いて」
校歌を歌おう、と言い始めたグループの中に校歌の伴奏経験者がいたので、美咲は歌う側になった。美咲は校歌は何となく覚えていたので、回りの友人たちのリードをすることになった。肝心の伴奏が途中で危なくなっていたけれど、美咲は弾かずに済んだ。
同窓会の時間が終わりに近づいた頃に二次会の話が出たけれど、美咲は参加せずに帰ることにした。華子も用事があるからと車で帰ってしまったので、美咲は一人で駅に向かった。同じく電車での帰宅組がいたので途中まで一緒に帰り、電車を降りてから航に電話した。
『今日はありがとうね! また会おう!』
帰宅後しばらくしてから、華子からLINEがあった。彼女も無事に帰宅して、明日の仕事に備えて早めに寝るらしい。ちなみに華子はまだ独身で、同窓会の話を聞いたときに「優良物件おらんかな?」と言っていた。美咲は華子が男性陣と話しているのを見なかったので、残念ながら良い人はいなかったようだ。
華子に『こちらこそ』という返事を送ってから、美咲は大倉裕人にもらった名刺を見た。彼が勤めるヘアサロンの連絡先と、裏面に彼個人の連絡先を書いてくれていた。少し迷ってから美咲は個人の連絡先をLINEに登録した。
裕人もLINEを見ていたのか、すぐに友達に追加されたので『小山(紀伊)美咲です』ととりあえず送信した。
裕人は友人たち数人で飲みに行ったようで、電車で帰っているところだと返事がきた。住んでいるところは全員が違うので、いまは一人らしい。
「美咲、何してんの? それ誰?」
美咲が名刺を見ながらLINEをしていると、航が名刺を覗きにきた。
「同窓会で貰ったん?」
「そうそう。駅前で美容院やってるらしくて、今度行こうかなぁと思って」
引っ越してから最初に美容院を探したとき、近くの店を調べていると口コミの良いところが徒歩圏内にあった。何度か行って、店内もお洒落でスタッフとも話せるけれど、料金が割高なのが少し気になっていた。
「駅前……あ、HIRO? 俺の後輩で行ってる奴おるわ。結構良いらしいで」
ふぅん、と航には適当に相槌を打って、美咲はLINEに視線を戻した。旦那の後輩が通っているらしい、と送信すると、『誰やろ? 電車降りるから、またな!』と返ってきた。
美咲は中学に入った頃から裕人の存在は知っていた──クラスは違うけれど目立っていた──けれど実際に初めて話したのは二年生になって同じクラスになってからだった。一年生のときに仲良くなった友人と同じ塾に通っているようで、見渡すと、塾が一緒のクラスメイトが結構いたらしい。
美咲は新たな友人やよく話す生徒を増やし、やがて同じ塾にも通うようになった。そして中学卒業の頃には裕人は友人──ではなかったけれど、それなりに仲良く話す相手になっていた。
そのきっかけになった友人とは残念ながら高校で離れてから疎遠になり、大学生になってからSNSで見つけたときに連絡を試みたけれど素っ気ない一言しか返ってこなかったので、それ以来、美咲は連絡をしなかったし、同窓会の連絡は実家に送ったけれど参加はしていなかった。
そういえば彼女は裕人と同じ高校だったな、と思い出したけれど、それもどうでも良かった。つい最近、新たなSNSのアカウントを見つけたけれど一年以上前に更新が止まっていたし、美咲とはまるで違う生活をしていた。同窓会に来ていた人からも彼女の話は聞かなかったし、素っ気ない返事が来たときに当時大学で同じゼミだった仲間に簡単に話すと『なにそれ!』と全員が口を揃えた。
(あんなん……ほっとこ!)
美咲は気持ちを切り替えて、もう少しだけ同窓会の余韻に浸ることにした。新たにLINEに追加した友人たちに簡単に連絡をして、連絡先は貰わなかった人たち──裕人の友人たちを思い浮かべた。残念な方向に向かいかけている人は、いたけれど。美咲が気になっていた人たちは当時のイメージのまま大人になっていて、それが確認できただけでも良かったな、と思う。
彼らは美咲の初恋ではなかったけれど。仮にも少しでも好きになった人を見かけたときに、あまりに様変わりしていてショックを受けるのは嫌だとずっと思っていた。
「今回幹事の手伝いしたから、次はないやろ?」
「と思うけど……。ハナちゃんがまた幹事やるって言ったら、わからんな」
華子から同窓会の幹事を手伝ってほしいと言われたとき、美咲には参加の予定はなかった。仕方ないので準備だけ親戚の好で手伝って、当日は顔を出さないつもりだった。最終的に参加を決めて良かったとは思ったけれど、何年後かわからない次回開催時には、せめてもう少し規模を小さくしてもらわないと、幹事も出席するのも大変だ。
「十人くらいで飲み会とかのほうが楽やわ……。まぁでも、久々やったし、何人か連絡先交換できたから、今回は良かったけどな……」
「名刺もらってた奴……ネットに載ってたで。人気みたいやな」
「そうなん? へぇー」
そう言われると、裕人は他の男性陣よりはお洒落な服装をしていた。中学の頃から少し周りとは違う服装をしていたけれど、大人になったいまはシンプル路線らしい。
「……どうしたん?」
「いや──」
航がじっと美咲を見ていた。
「なに考えてんの?」
航は何でもないと言ったけれど、しばらく美咲に甘えていた。浮気の心配をしたのではないかと察しがついたので、そんなことはしませんよ、というつもりで彼に優しくした。