Einsatz─あの日のミュージカル・スコア─
第28話 大好きな仲間
美咲がいよいよ出歩きにくくなる前に、裕人からLINEがあった。
里帰りするときに出会った佳樹は、自宅に戻ってから裕人に連絡して美咲のことを聞いてきたらしい。
『あいつ、ほんま相変わらずやな。しつこいから、いまトモ君と三人でよく会うとだけ言うといたで』
『私は次いつ会うんやろな。高井ってまだ実家暮らしなん?』
『一人暮らししてたけど、マンションの更新と出張重なったから解約して、とりあえず実家戻ったみたいやで。あんなんやから、彼女もおらんしな……。そうや紀伊、髪はどうしてる?』
『前に店で切ってもらってから放置してる……カラーも落ちてるし汚い……』
『そしたら今度、そっち行くから切ったるわ』
裕人の知り合いが江井市で美容師をしているようで、場所を貸してもらえることになったらしい。裕人は美咲を家まで迎えに来て、それから美容室へ行った。ちなみに本当に戻る用事があったらしく、途中で彼の実家に寄った。
「紀伊、ほんまに放置してたんやな」
想像以上に増えていたのか、美咲の髪を見て裕人は笑った。場所を借りているので手早く簡単に短くして、カラーはしなかった。
「もうすぐやな。でも、しばらくはこっちやな」
「そうやなぁ。早めに戻りたいけど……」
地元で仲が良かった人はいまは友達ではないし、出掛けるところもない。篠山はえいこんの練習を見に来ても良いと言っていたけれど、どちらかというと自分がHarmonieで練習したい。学生時代の友人たちが遊びに来るにも遠いし、行くのも難しい。好きなことができる日は、まだまだ遠そうだ。
「そうそう、トモ君が、いまは子供のこと以外は何も考えるな、って言ってたで」
「ふぅん……」
美咲が里帰りしてから、朋之から連絡はなかった。特に用事がないので美咲も連絡をしていなかった。朋之は、美咲をいったんHarmonieから離そうと思ったらしい──もちろん、美咲はメンバーから貰ったCDをずっと聴いていたので心に残ったままだ。
「はは、あいつ、どっちやねんなぁ」
「あの人は、そういう人やと思うわ」
裕人に送ってもらって帰宅してから、美咲はHarmonieのCDを聴いた。美咲が休んでいる間に録ったので、聞き慣れた歌声だ。伴奏は誰がするのか悩んだ末に、井庭と朋之が篠山を通して、えいこんのピアニストに頼んでくれたらしい。ということは近いうちに、えいこんに顔を出す必要はありそうだ。
アカペラ、伴奏つき、女声のみ、男声のみ、ソロあり、日本語、外国語。外国語は英語ではないので言葉の意味はわからないけれど、知っている曲だった。橋が出てくるフランス民謡は実際に歌ったし、足を使っているノルウェー民謡はえいこんが歌っているのをDVDで見た。
聴けば聴くほど、戻りたくなってしまう。
音楽の話をしたくて、連絡を取りたくなってしまう。
けれど朋之は敢えて触れていないようなので連絡するのはやめた。
(でも……CD……ほんまに、どっちなんやろ)
と悩んでいると、また裕人からLINEがあった。
『お盆の頃に、遊びに行っていい? こないだ寂しそうにしてたから、佐藤とトモ君に話したら、行ける、って言ってたけど……紀伊次第!』
それはもちろん嬉しかったので、家族にも確認して何もない日に来てもらうことになった。ちなみに佳樹はまだ実家にいるらしいけれど、裕人はあれから連絡していないらしい。
家のどの部屋に来てもらおうか悩んだ末に、二階の美咲の部屋になった。結婚前に使っていた家具はほとんどマンションに運んだので、大きなクッションをいくつか置いてある。折り畳みベッドは残していたので、ソファの形にしてカバーをかけていた。
美咲は一階のリビングにいたので、三人が到着したのを出迎えた。母親も一緒に顔を出して、簡単に挨拶していた。
「私ゆっくりやから、先に上がって。正面の部屋」
美咲は三人に先に階段を上がらせて、最後についていった。部屋に到着すると、既に三人は座って待っていた。美咲はドアを閉めてから、華子の隣に座った。
「美咲ちゃん、お腹大きくなったなぁ。予定いつやっけ?」
「十月入ったあたり。あと二ヶ月くらい」
「性別はわかってるん?」
「うん。女の子やって」
航は生まれてから確かめると言っていたので迷ったけれど、三人には教えた。家族はもちろん知っているし、気が早いので女の子用のベビー服もプレゼントされている。
次は生まれたら来ようか、という話をしているとドアがノックされ、華子が母親に呼ばれて降りていった。
「そうや山口君、私ゆっくりさしてもらえるのはありがたいんやけど、残念ながら毎日HarmonieのCD聴いてるから」
「あー……結局、離れられてないんやな。はは、それなら今やってる楽譜持ってきたら良かったな。きぃが復帰したら弾いてもらおうと思ってるから」
楽譜は見ても練習はしばらく無理だと笑っていると、華子が母親と飲み物を持ってきた。華子はそのまま部屋に残り、母親は降りていった。
「紀伊、あの話した? あいつの話」
「あっ、してない! ははは! 実はこっち来るとき、電車で高井に会ってん」
「ええっ、高井? うわぁ……どんなんやった?」
佳樹が海外出張に行っていたことは華子に話していなかったので、そこから説明した。美咲が座っていたところに乗ってきて裕人と朋之の話になったけれど、詳しいことは何も教えなかった。と言うと、華子と朋之は笑っていた。
「俺にLINEしてきたから、よく会うとは言っといたんやけどな」
「説明するの面倒くさかってさぁ」
「ほんまやな。俺も黙っとこ」
特に新しい情報はなく思い出話が多かったけれど、それでも美咲は十分楽しめた。顔を思い出せない同級生の話になったので卒業アルバムを出してきたり。自分たちの写真を見て、恥ずかしくなってみたり。
三人が帰ってから、美咲は再びHarmonieのCDを聴いた。そしてお気に入りの一曲をリピートさせて、いつの間にか眠ってしまった。
里帰りするときに出会った佳樹は、自宅に戻ってから裕人に連絡して美咲のことを聞いてきたらしい。
『あいつ、ほんま相変わらずやな。しつこいから、いまトモ君と三人でよく会うとだけ言うといたで』
『私は次いつ会うんやろな。高井ってまだ実家暮らしなん?』
『一人暮らししてたけど、マンションの更新と出張重なったから解約して、とりあえず実家戻ったみたいやで。あんなんやから、彼女もおらんしな……。そうや紀伊、髪はどうしてる?』
『前に店で切ってもらってから放置してる……カラーも落ちてるし汚い……』
『そしたら今度、そっち行くから切ったるわ』
裕人の知り合いが江井市で美容師をしているようで、場所を貸してもらえることになったらしい。裕人は美咲を家まで迎えに来て、それから美容室へ行った。ちなみに本当に戻る用事があったらしく、途中で彼の実家に寄った。
「紀伊、ほんまに放置してたんやな」
想像以上に増えていたのか、美咲の髪を見て裕人は笑った。場所を借りているので手早く簡単に短くして、カラーはしなかった。
「もうすぐやな。でも、しばらくはこっちやな」
「そうやなぁ。早めに戻りたいけど……」
地元で仲が良かった人はいまは友達ではないし、出掛けるところもない。篠山はえいこんの練習を見に来ても良いと言っていたけれど、どちらかというと自分がHarmonieで練習したい。学生時代の友人たちが遊びに来るにも遠いし、行くのも難しい。好きなことができる日は、まだまだ遠そうだ。
「そうそう、トモ君が、いまは子供のこと以外は何も考えるな、って言ってたで」
「ふぅん……」
美咲が里帰りしてから、朋之から連絡はなかった。特に用事がないので美咲も連絡をしていなかった。朋之は、美咲をいったんHarmonieから離そうと思ったらしい──もちろん、美咲はメンバーから貰ったCDをずっと聴いていたので心に残ったままだ。
「はは、あいつ、どっちやねんなぁ」
「あの人は、そういう人やと思うわ」
裕人に送ってもらって帰宅してから、美咲はHarmonieのCDを聴いた。美咲が休んでいる間に録ったので、聞き慣れた歌声だ。伴奏は誰がするのか悩んだ末に、井庭と朋之が篠山を通して、えいこんのピアニストに頼んでくれたらしい。ということは近いうちに、えいこんに顔を出す必要はありそうだ。
アカペラ、伴奏つき、女声のみ、男声のみ、ソロあり、日本語、外国語。外国語は英語ではないので言葉の意味はわからないけれど、知っている曲だった。橋が出てくるフランス民謡は実際に歌ったし、足を使っているノルウェー民謡はえいこんが歌っているのをDVDで見た。
聴けば聴くほど、戻りたくなってしまう。
音楽の話をしたくて、連絡を取りたくなってしまう。
けれど朋之は敢えて触れていないようなので連絡するのはやめた。
(でも……CD……ほんまに、どっちなんやろ)
と悩んでいると、また裕人からLINEがあった。
『お盆の頃に、遊びに行っていい? こないだ寂しそうにしてたから、佐藤とトモ君に話したら、行ける、って言ってたけど……紀伊次第!』
それはもちろん嬉しかったので、家族にも確認して何もない日に来てもらうことになった。ちなみに佳樹はまだ実家にいるらしいけれど、裕人はあれから連絡していないらしい。
家のどの部屋に来てもらおうか悩んだ末に、二階の美咲の部屋になった。結婚前に使っていた家具はほとんどマンションに運んだので、大きなクッションをいくつか置いてある。折り畳みベッドは残していたので、ソファの形にしてカバーをかけていた。
美咲は一階のリビングにいたので、三人が到着したのを出迎えた。母親も一緒に顔を出して、簡単に挨拶していた。
「私ゆっくりやから、先に上がって。正面の部屋」
美咲は三人に先に階段を上がらせて、最後についていった。部屋に到着すると、既に三人は座って待っていた。美咲はドアを閉めてから、華子の隣に座った。
「美咲ちゃん、お腹大きくなったなぁ。予定いつやっけ?」
「十月入ったあたり。あと二ヶ月くらい」
「性別はわかってるん?」
「うん。女の子やって」
航は生まれてから確かめると言っていたので迷ったけれど、三人には教えた。家族はもちろん知っているし、気が早いので女の子用のベビー服もプレゼントされている。
次は生まれたら来ようか、という話をしているとドアがノックされ、華子が母親に呼ばれて降りていった。
「そうや山口君、私ゆっくりさしてもらえるのはありがたいんやけど、残念ながら毎日HarmonieのCD聴いてるから」
「あー……結局、離れられてないんやな。はは、それなら今やってる楽譜持ってきたら良かったな。きぃが復帰したら弾いてもらおうと思ってるから」
楽譜は見ても練習はしばらく無理だと笑っていると、華子が母親と飲み物を持ってきた。華子はそのまま部屋に残り、母親は降りていった。
「紀伊、あの話した? あいつの話」
「あっ、してない! ははは! 実はこっち来るとき、電車で高井に会ってん」
「ええっ、高井? うわぁ……どんなんやった?」
佳樹が海外出張に行っていたことは華子に話していなかったので、そこから説明した。美咲が座っていたところに乗ってきて裕人と朋之の話になったけれど、詳しいことは何も教えなかった。と言うと、華子と朋之は笑っていた。
「俺にLINEしてきたから、よく会うとは言っといたんやけどな」
「説明するの面倒くさかってさぁ」
「ほんまやな。俺も黙っとこ」
特に新しい情報はなく思い出話が多かったけれど、それでも美咲は十分楽しめた。顔を思い出せない同級生の話になったので卒業アルバムを出してきたり。自分たちの写真を見て、恥ずかしくなってみたり。
三人が帰ってから、美咲は再びHarmonieのCDを聴いた。そしてお気に入りの一曲をリピートさせて、いつの間にか眠ってしまった。