Einsatz─あの日のミュージカル・スコア─
第2章 Hair Salon HIRO
第4話 Hair Salon HIRO
同窓会から一ヶ月ほど経って、美咲は駅前のHair Salon HIROを訪れた。平日の昼間だったのもあって希望時間に予約が取れ、受付で少し待っていると裕人がやって来た。仕事柄か、やはりお洒落だ。
初回なので簡単な個人情報を記入して、シャンプーは若い女性アシスタントが担当してくれた。店に来た経緯を聞かれたので裕人と同窓会で再会したと話すと、店長はどんな子供だったんですか、と笑っていた。
「それ、いま言って良いの?」
「やっぱり、本人いると言いにくいですよね」
美咲は直接は聞かなかったけれど、HIROはおそらく裕人の名前だろう。店の内装もシンプルで、いまの彼の服装によく似ている。
シャンプーが終わり鏡の前に案内され、置かれた雑誌に目を通していた。数冊ある中から旅の情報誌を選び、パラパラとページをめくる。もうすぐ夏になって航も長期休暇を取る予定なので、どこか行きたいね、とは話しているけれど具体的には何も決まっていない。
「お待たせ。今日はカットだけ?」
裕人が他の用事を済ませたようで、美咲の隣に来た。
「うん。まだカラーは大丈夫そうやから。もうすぐ夏やから、軽い感じにしてもらおうかな」
「オッケー。じゃあ……これくらいかな?」
鏡越しに話をしながら、長さを確認する。中学のときはバカ騒ぎしてたのにな、と思い出して、美咲は笑ってしまった。
「なに? どうしたん?」
「いや、なんか、子供のときはあんなんやったのになぁ、って」
美咲が言うと、裕人も思わず笑っていた。子供だったので仕方ないけれど、三十路になった今と比べられるものではないけれど、本当にあの頃はしょうもなかったな、と当時を振り返る。
「紀伊とは、二年と三年で同じクラスやったよな?」
「うん。塾も一緒やったし……。大倉君は常に視界にいた気がする」
「──そうやなぁ。同じ班とかなったもんな」
「塾もわりと同じクラスやったやん? あのとき、学校は普通やったけど、塾行くとき髪の毛固めて立ててたやん? あれ、後ろに座ったら結構邪魔やってんで」
「え、マジで?」
髪の毛を、これでもか、というくらいに四方八方に立てていた彼の頭は、元の大きさの約二倍になっていた。おかげで彼より後ろの席になってしまった時は黒板との間に大きな邪魔ができて、身体を動かさないと見えないこともあった。
「あれは確かに、やりすぎてたと思うわ」
苦笑しながら裕人は手を動かし、左右の長さを確認してからハサミを置いてドライヤーに持ち変えた。ブウォーンという乾かす音が鳴って、途中からシャンプーをしてくれたアシスタントが手伝いに来てくれた。何か話しているけれどドライヤーの音であまり聞こえない。
「そういえば、店長の同級生って他にも来てくれてましたよね。男の人何人か」
「うん。何人かおるけど……一番来てくれるのはトモ君かなぁ。あと佳樹と……」
ドライヤーを使いながら裕人が挙げたのは、山口朋之と高井佳樹だ。朋之は二年のときに、佳樹は一年と三年の二回も同じクラスになった。そして裕人を含め全員が同じ塾に通っていたので、いつの間にか常に視界にいたメンバーだ。
「トモ君て、あのシュッとしてる人ですよね。こないだ来てくれてた」
「そうそう……」
アシスタントがドライヤーのスイッチを切り、しばらくしてから裕人もドライヤーを止めてハサミに持ち変えた。
「あいつらも……高校入ってから連絡取らんようになったりしたけど、成人式で会ったり──こないだも会えたし……」
美咲の髪を整えながら、会いたかった人はだいたい会えた、と同窓会を振り返っていた。細かいところをカットして、美咲に正面を向くように言った。
「前髪はどうする?」
「あ──お願いします」
ハサミが見えたので美咲は目を閉じたけれど、ふとあることを思い出して笑ってしまった。
「ごめん、ちょっと、高井君のこと思い出して……」
「佳樹?」
美咲は自分を落ち着かせてから、改めて目を閉じた。
「入学式の日やったかなぁ? 前髪切りすぎた、って凹んでる子がいたんやけど、高井君がしばらく、前髪命、って呼んでた」
「──そやねん、だから女の子の前髪切るのは緊張すんねん」
二人は小学校から仲良くはなかったようで、美咲の知る限りでは顔を合わせる度に言い争っていた。高校は二人は違うところになったけれど、ライバル校のようなところだったので合格通知を受け取ってからも争いは続いていた。
「あの二人、ひどかったよな。まぁ、だいたい悪かったのは佳樹やけどな」
「ははは! 確か、友達ともしょっちゅう喧嘩してたよなぁ」
あいつはそういう奴だ、と笑いながら裕人は鏡を出して美咲に後ろ姿を見せた。特に不満はなかったので美咲は席を立ち、受付の方へ向かう。
「今日はカットだけやから、ええと……」
裕人が料金を提示して、美咲は財布から支払う。カラーをしていないのでその分はもちろんないけれど、それにしても今まで行っていた近所の店よりは安いなと思う。
「こんな安くて良いの?」
「うん。だからお客さん来てくれるし、まぁ、他のカラーとかパーマは普通かもしれんけど」
レシートと会員証を受け取ってから、店内に他の客がいなかったので美咲は少し裕人と話していた。髪の仕上がりも悪くなかったので通う店を変えようかと思うと言うと、裕人は顧客特典を説明してくれた。
「まぁ、今まで行ってた店もあるやろうし、たまにで良いで。でも、来てくれたら嬉しいな」
裕人が笑うので美咲も釣られて笑い、話を聞いていたアシスタントも一緒に笑っていた。
「ありがとうな。またな」
裕人とアシスタントに見送られ、美咲は店を出た。久々に思い出話をできて嬉しかったので、顔は緩んだままだ。先程の会話を思い出して、改めて笑ってしまう。
それでも──。
一番気になっていた情報はほんの僅かしか聞けなかったので、美咲はHair Salon HIROに通うことに決めた。
初回なので簡単な個人情報を記入して、シャンプーは若い女性アシスタントが担当してくれた。店に来た経緯を聞かれたので裕人と同窓会で再会したと話すと、店長はどんな子供だったんですか、と笑っていた。
「それ、いま言って良いの?」
「やっぱり、本人いると言いにくいですよね」
美咲は直接は聞かなかったけれど、HIROはおそらく裕人の名前だろう。店の内装もシンプルで、いまの彼の服装によく似ている。
シャンプーが終わり鏡の前に案内され、置かれた雑誌に目を通していた。数冊ある中から旅の情報誌を選び、パラパラとページをめくる。もうすぐ夏になって航も長期休暇を取る予定なので、どこか行きたいね、とは話しているけれど具体的には何も決まっていない。
「お待たせ。今日はカットだけ?」
裕人が他の用事を済ませたようで、美咲の隣に来た。
「うん。まだカラーは大丈夫そうやから。もうすぐ夏やから、軽い感じにしてもらおうかな」
「オッケー。じゃあ……これくらいかな?」
鏡越しに話をしながら、長さを確認する。中学のときはバカ騒ぎしてたのにな、と思い出して、美咲は笑ってしまった。
「なに? どうしたん?」
「いや、なんか、子供のときはあんなんやったのになぁ、って」
美咲が言うと、裕人も思わず笑っていた。子供だったので仕方ないけれど、三十路になった今と比べられるものではないけれど、本当にあの頃はしょうもなかったな、と当時を振り返る。
「紀伊とは、二年と三年で同じクラスやったよな?」
「うん。塾も一緒やったし……。大倉君は常に視界にいた気がする」
「──そうやなぁ。同じ班とかなったもんな」
「塾もわりと同じクラスやったやん? あのとき、学校は普通やったけど、塾行くとき髪の毛固めて立ててたやん? あれ、後ろに座ったら結構邪魔やってんで」
「え、マジで?」
髪の毛を、これでもか、というくらいに四方八方に立てていた彼の頭は、元の大きさの約二倍になっていた。おかげで彼より後ろの席になってしまった時は黒板との間に大きな邪魔ができて、身体を動かさないと見えないこともあった。
「あれは確かに、やりすぎてたと思うわ」
苦笑しながら裕人は手を動かし、左右の長さを確認してからハサミを置いてドライヤーに持ち変えた。ブウォーンという乾かす音が鳴って、途中からシャンプーをしてくれたアシスタントが手伝いに来てくれた。何か話しているけれどドライヤーの音であまり聞こえない。
「そういえば、店長の同級生って他にも来てくれてましたよね。男の人何人か」
「うん。何人かおるけど……一番来てくれるのはトモ君かなぁ。あと佳樹と……」
ドライヤーを使いながら裕人が挙げたのは、山口朋之と高井佳樹だ。朋之は二年のときに、佳樹は一年と三年の二回も同じクラスになった。そして裕人を含め全員が同じ塾に通っていたので、いつの間にか常に視界にいたメンバーだ。
「トモ君て、あのシュッとしてる人ですよね。こないだ来てくれてた」
「そうそう……」
アシスタントがドライヤーのスイッチを切り、しばらくしてから裕人もドライヤーを止めてハサミに持ち変えた。
「あいつらも……高校入ってから連絡取らんようになったりしたけど、成人式で会ったり──こないだも会えたし……」
美咲の髪を整えながら、会いたかった人はだいたい会えた、と同窓会を振り返っていた。細かいところをカットして、美咲に正面を向くように言った。
「前髪はどうする?」
「あ──お願いします」
ハサミが見えたので美咲は目を閉じたけれど、ふとあることを思い出して笑ってしまった。
「ごめん、ちょっと、高井君のこと思い出して……」
「佳樹?」
美咲は自分を落ち着かせてから、改めて目を閉じた。
「入学式の日やったかなぁ? 前髪切りすぎた、って凹んでる子がいたんやけど、高井君がしばらく、前髪命、って呼んでた」
「──そやねん、だから女の子の前髪切るのは緊張すんねん」
二人は小学校から仲良くはなかったようで、美咲の知る限りでは顔を合わせる度に言い争っていた。高校は二人は違うところになったけれど、ライバル校のようなところだったので合格通知を受け取ってからも争いは続いていた。
「あの二人、ひどかったよな。まぁ、だいたい悪かったのは佳樹やけどな」
「ははは! 確か、友達ともしょっちゅう喧嘩してたよなぁ」
あいつはそういう奴だ、と笑いながら裕人は鏡を出して美咲に後ろ姿を見せた。特に不満はなかったので美咲は席を立ち、受付の方へ向かう。
「今日はカットだけやから、ええと……」
裕人が料金を提示して、美咲は財布から支払う。カラーをしていないのでその分はもちろんないけれど、それにしても今まで行っていた近所の店よりは安いなと思う。
「こんな安くて良いの?」
「うん。だからお客さん来てくれるし、まぁ、他のカラーとかパーマは普通かもしれんけど」
レシートと会員証を受け取ってから、店内に他の客がいなかったので美咲は少し裕人と話していた。髪の仕上がりも悪くなかったので通う店を変えようかと思うと言うと、裕人は顧客特典を説明してくれた。
「まぁ、今まで行ってた店もあるやろうし、たまにで良いで。でも、来てくれたら嬉しいな」
裕人が笑うので美咲も釣られて笑い、話を聞いていたアシスタントも一緒に笑っていた。
「ありがとうな。またな」
裕人とアシスタントに見送られ、美咲は店を出た。久々に思い出話をできて嬉しかったので、顔は緩んだままだ。先程の会話を思い出して、改めて笑ってしまう。
それでも──。
一番気になっていた情報はほんの僅かしか聞けなかったので、美咲はHair Salon HIROに通うことに決めた。