Einsatz─あの日のミュージカル・スコア─
第3章 もしもあのとき
第9話 触れたくない話
美咲が同級生たちと飲み会をするのは、お盆が明けて最初の金曜日になった。美咲は家の用事を済ませてから電車に乗り、三十分ほど行ったところの繁華街を目指した。裕人は早めに店を閉めて、朋之もほとんど定時で仕事を終わらせた。三人はわりと近くにいたけれど、華子がどうしても仕事の都合がつけられないので飲み会会場は華子の職場の近くになった。
四人は駅前で待ち合わせ、美咲は少し余裕を持って到着したので一番乗りだった。スマホを見ながら待っていると裕人から『もうすぐ着く』と連絡があり、同じ頃に華子が走ってやってきた。
「あれ、最後かと思ったけど違った」
「大倉君がもう着くって」
「そうなん? 山口君は?」
「さぁ……。あ、そうや、ハナちゃんに先渡しとこ。これ、広島のお土産」
二人を待っている間に美咲は華子にお土産を渡した。中身は全員同じで、もみじ饅頭だ。
「わぁ、ありがとう! あっ、パッケージかわいい」
箱で買ってくるのはさすがに多いと思ったので、広島らしいデザインの五つ入りの袋を用意した。一人で食べてくれても良いし、家で家族と分けてくれても良い。
美咲と華子が広島の話をしていると、
「おっす。お待たせ」
聞き慣れた声を発した裕人と、隣には朋之もいた。二人は同じ電車になるように連絡をとっていたらしい。
「あー、山口君、久しぶり。同窓会とき見かけたけど声かけんかったわ」
笑いながら華子はゴメンゴメンと謝り、幹事失格やなぁ、ともう一度笑った。華子は中学一年のときに朋之と同じクラスで、裕人とは同じクラスにならなかったけれど知っていたらしい。
店は裕人が予約してくれていた。ゆっくり話をしたいのもあって、個室を選んでくれたらしい。
男二人と女二人で合コン、ではないけれど。なんとなく男同士、女同士で隣に座り、飲み物を注文してから美咲は男二人にお土産を渡した。
すぐに飲み物が運ばれてきて、乾杯をした。美咲は酎ハイ、華子は梅酒、男二人はとりあえずビールらしい。
「私、旦那の付き合いでたまに焼酎とか日本酒は飲むけど、ビールは無理やわ」
「あー、私も! 何て言うんやろ、苦み?」
「日本のビールって、飲みにくくない?」
「……紀伊、それどういう意味?」
ジョッキの三分の一ほど飲み干してから裕人は不思議そうな顔をした。隣で朋之は黙っているけれど、美咲のほうを見ていた。
「いや──あの──、ツアーでヨーロッパ行ったときお昼ごはんにビール出てきたんやけど、飲めたから」
「へぇ。昼からビール?」
「うん。水のほうが高かったよ」
ビールは飲めないのでソフトドリンクをお願いするつもりだったけれど、周りに座るツアーの仲間全員がビールを選ぶので一人ほかの飲み物は頼みにくかった。苦手なのに飲めた、と話していると、周りの人達も、確かに飲みやすい、と口を揃えていた。
「旦那さんは飲めへんの?」
「うん。生ビールならいけるみたいやけど」
「おし、そんなら俺らがどうにかしようか、なぁトモ君?」
「そうやな。どうしたら良いかな……」
朋之が真面目に考え出すのをなんとか阻止して、やがて話はそれぞれの近況になった。
美咲と華子が親戚になった経緯は、同窓会のときに遠くから裕人は聞いていたらしい。男たちで集まって話しているときに『あいつら親戚やって』と話題になり、もちろん朋之の耳にも入っていた。
「でも、名字は違うんやな。あ、母方やからか?」
「よくわからんけど……。あ、そういえばハナちゃん、職場の人はどうなったん? 気になる人いるって」
「美咲ちゃん──あかんかってん……」
美咲の腕に手をついて、華子は項垂れた。あれからすぐに声をかけたけれど、彼には婚約している人がいたらしい。
「そうなん……」
残念ながら裕人も朋之も既婚者なので、華子の恋愛対象にするわけにはいかず。
二人は回りの独身男性に当たってみると言ってくれて、華子が元気になってから話題は朋之に向けられた。
「山口君は? いまどこに住んでるん?」
「あの……ヒロ君の店の近所」
「ええ? そうなん?」
驚いたのは美咲だった。裕人の店に通っているとは聞いていたけれど、近くに住んでいるとは考えもしなかった。
「線路の反対側やからな」
「へぇ……。仕事は?」
「普通のサラリーマンやで。あ、車通勤してるから余計会うことないんやな」
反対側ならどの辺りだろうか、と考えていると、朋之はだいたいの場所を教えてくれた。駅から少し離れた、大きい家が並んでいる場所だ。
「じゃあ、良い仕事してるんじゃないん?」
「まぁ……」
「トモ君、次期社長やでな?」
「えっ、そうなん?」
朋之が話したがらない代わり、裕人が教えてくれた。朋之は大学を出て地元有名企業に就職し、仕事が出来たようで出世も早かった。やがて社長から娘を紹介され、当時は彼女がいなかったので付き合うようになった。最初は戸惑っていたけれど、断る理由はどこにもなかったらしい。
「美咲ちゃんも、紹介されたって言ってたよな?」
「うん。そっか……へぇ。大倉君は?」
「俺? 俺は学生ときに知り合って、そのままやな」
ちなみに嫁は別の店で働いてる、と裕人は笑った。
それから話題は中学時代の思い出になり、通学路の坂道は大変だったな、あの髭の先生は元気かな、と盛り上がった。美咲と裕人が一番長く一緒に過ごしたので、その頃の話が中心になってしまった。
中学時代の先生で一人だけ、美咲が大学生になってから再会した人がいるけれど。自分達が卒業してから何をしているのか知っているけれど。
いまはその話には触れたくなかったので、何も知らないふりをして別の話題を振った。
四人は駅前で待ち合わせ、美咲は少し余裕を持って到着したので一番乗りだった。スマホを見ながら待っていると裕人から『もうすぐ着く』と連絡があり、同じ頃に華子が走ってやってきた。
「あれ、最後かと思ったけど違った」
「大倉君がもう着くって」
「そうなん? 山口君は?」
「さぁ……。あ、そうや、ハナちゃんに先渡しとこ。これ、広島のお土産」
二人を待っている間に美咲は華子にお土産を渡した。中身は全員同じで、もみじ饅頭だ。
「わぁ、ありがとう! あっ、パッケージかわいい」
箱で買ってくるのはさすがに多いと思ったので、広島らしいデザインの五つ入りの袋を用意した。一人で食べてくれても良いし、家で家族と分けてくれても良い。
美咲と華子が広島の話をしていると、
「おっす。お待たせ」
聞き慣れた声を発した裕人と、隣には朋之もいた。二人は同じ電車になるように連絡をとっていたらしい。
「あー、山口君、久しぶり。同窓会とき見かけたけど声かけんかったわ」
笑いながら華子はゴメンゴメンと謝り、幹事失格やなぁ、ともう一度笑った。華子は中学一年のときに朋之と同じクラスで、裕人とは同じクラスにならなかったけれど知っていたらしい。
店は裕人が予約してくれていた。ゆっくり話をしたいのもあって、個室を選んでくれたらしい。
男二人と女二人で合コン、ではないけれど。なんとなく男同士、女同士で隣に座り、飲み物を注文してから美咲は男二人にお土産を渡した。
すぐに飲み物が運ばれてきて、乾杯をした。美咲は酎ハイ、華子は梅酒、男二人はとりあえずビールらしい。
「私、旦那の付き合いでたまに焼酎とか日本酒は飲むけど、ビールは無理やわ」
「あー、私も! 何て言うんやろ、苦み?」
「日本のビールって、飲みにくくない?」
「……紀伊、それどういう意味?」
ジョッキの三分の一ほど飲み干してから裕人は不思議そうな顔をした。隣で朋之は黙っているけれど、美咲のほうを見ていた。
「いや──あの──、ツアーでヨーロッパ行ったときお昼ごはんにビール出てきたんやけど、飲めたから」
「へぇ。昼からビール?」
「うん。水のほうが高かったよ」
ビールは飲めないのでソフトドリンクをお願いするつもりだったけれど、周りに座るツアーの仲間全員がビールを選ぶので一人ほかの飲み物は頼みにくかった。苦手なのに飲めた、と話していると、周りの人達も、確かに飲みやすい、と口を揃えていた。
「旦那さんは飲めへんの?」
「うん。生ビールならいけるみたいやけど」
「おし、そんなら俺らがどうにかしようか、なぁトモ君?」
「そうやな。どうしたら良いかな……」
朋之が真面目に考え出すのをなんとか阻止して、やがて話はそれぞれの近況になった。
美咲と華子が親戚になった経緯は、同窓会のときに遠くから裕人は聞いていたらしい。男たちで集まって話しているときに『あいつら親戚やって』と話題になり、もちろん朋之の耳にも入っていた。
「でも、名字は違うんやな。あ、母方やからか?」
「よくわからんけど……。あ、そういえばハナちゃん、職場の人はどうなったん? 気になる人いるって」
「美咲ちゃん──あかんかってん……」
美咲の腕に手をついて、華子は項垂れた。あれからすぐに声をかけたけれど、彼には婚約している人がいたらしい。
「そうなん……」
残念ながら裕人も朋之も既婚者なので、華子の恋愛対象にするわけにはいかず。
二人は回りの独身男性に当たってみると言ってくれて、華子が元気になってから話題は朋之に向けられた。
「山口君は? いまどこに住んでるん?」
「あの……ヒロ君の店の近所」
「ええ? そうなん?」
驚いたのは美咲だった。裕人の店に通っているとは聞いていたけれど、近くに住んでいるとは考えもしなかった。
「線路の反対側やからな」
「へぇ……。仕事は?」
「普通のサラリーマンやで。あ、車通勤してるから余計会うことないんやな」
反対側ならどの辺りだろうか、と考えていると、朋之はだいたいの場所を教えてくれた。駅から少し離れた、大きい家が並んでいる場所だ。
「じゃあ、良い仕事してるんじゃないん?」
「まぁ……」
「トモ君、次期社長やでな?」
「えっ、そうなん?」
朋之が話したがらない代わり、裕人が教えてくれた。朋之は大学を出て地元有名企業に就職し、仕事が出来たようで出世も早かった。やがて社長から娘を紹介され、当時は彼女がいなかったので付き合うようになった。最初は戸惑っていたけれど、断る理由はどこにもなかったらしい。
「美咲ちゃんも、紹介されたって言ってたよな?」
「うん。そっか……へぇ。大倉君は?」
「俺? 俺は学生ときに知り合って、そのままやな」
ちなみに嫁は別の店で働いてる、と裕人は笑った。
それから話題は中学時代の思い出になり、通学路の坂道は大変だったな、あの髭の先生は元気かな、と盛り上がった。美咲と裕人が一番長く一緒に過ごしたので、その頃の話が中心になってしまった。
中学時代の先生で一人だけ、美咲が大学生になってから再会した人がいるけれど。自分達が卒業してから何をしているのか知っているけれど。
いまはその話には触れたくなかったので、何も知らないふりをして別の話題を振った。