飼い始めたイケメンがずっとくっついて離れてくれない。
プロローグ
『……~♪』


 ……あ

 朝だ。


『あーさだニャン♪あーさだニャン♪』


 あさだニャンの目覚まし時計が鳴っている。


『オハヨ♪オハヨ♪あーさだニャン♪』


 幼稚園の頃から毎日欠かさず私を起こし続けてくれているあさだニャンは今日も元気で、うるさい。


『あーさあーさあさあーさだニャン♪』


 うん、うん、わかったよ。

 朝が来たのわかったよ、あさだニャン。

 だから一回静かにして欲しい。
 
 私はその甲高い声にちょっと苛立ちながら、目を閉じたままあさだニャンの頭に手を伸ばす。


『あさあさあさあさあー…』


 ここからさらにしつこくなるはずのあさだニャンの歌が、ブツリ、遮断された。


 ……ん?


 静かになった部屋で違和感を覚えた私は、眉間にクッと力を入れる。


 ……私まだ、あさだニャンの頭のスイッチ、押してない。


 それにあさだニャンがいるはずのところに、なんかあったかいものがある。

 プラスチックのツルツルじゃない。なんかサラサラしてるんだけどゴツゴツしてて……なにこれ?

 正体のわからない、違和感。

 私はその〝違和感〟の方を向いて目を開けた。

 そして飛び込んできた光景に、息を止める。


 ……私の手の下に、人の手。

 私のより少し大きいゴツゴツした手は、あさだニャンの頭の上にあって、私はその手の甲に触っていた。

 呑んだ息はそのままに、私はゆっくりと手の持ち主へ視線をずらしていく。

 その整った寝顔が目に入って、ハッとする。


――……夏宮(なつみや)くんだ。

クラスメイトの、夏宮(しん)くんだ。


 あの夏宮くんが、私のお気に入りの花柄の布団に顔を半分うずめて、気持ちよさそうに眠っている。


「……え?」


 頭がついていかずに小さく声を漏らすと、夏宮くんがもぞりと動いた。

 そこではじめて、布団の中で私の足に彼の足が絡まっていたことに気が付いた。


「!?」


 私ははじかれたように足を逃す。


「ん……」


 夏宮くんの長いまつげが動いて、薄く目が開いた。

 何度か瞬きをしたあとゆっくりと瞼が押し上げられていき、私の姿を捉える。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、夏宮くんの澄んだ瞳にじんわりと映りこんだ。

 すると、シワひとつない柔らかそうな唇がやんわりと弧を描き、その口角が優しく上がる。


「……おはよ。(りん)


 まだ眠そうにする夏宮くんは、手を返してキュッと私の手を握った。

 顔に熱が集中していくのを感じながら

 ようやく私は昨日の夢みたいな現実を思い出す。


――……そうだ。私は昨日、夏宮くんを飼い始めたんだった。



 
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