悲恋の大空
[朝蔵 大空]
 「ただいまー!」



 そう私は家に入って元気に叫んだ。



[朝蔵 真昼]
 「……」



 そしてすぐ、玄関で寝転んでいる?真昼を私は見つけた。



[朝蔵 大空]
 「……?真昼?」



 私は真昼の名前を呼んでみる、でも真昼からの返事が返って来ない。



[朝蔵 大空]
 「真昼?寝てるの?」



 私は横になった真昼の顔を、しゃがんで覗き込んでみる。


 その真昼の頬が赤くなっていて、(ひたい)には汗をかいていた。


 息も荒くて、とても苦しんでいる様に見えた。



[朝蔵 大空]
 「大変……」



 私は真昼のおでこにそっと手をやる、すると案の定とても熱かった。



[朝蔵 大空]
 「凄い熱……」



 家には……お母さんは?居ない、気配が無いし、靴が無い、きっとどこかに出かけているんだ。


 真昼を、出来れば病院に連れて行ってあげたい。


 今真昼が頼れるのは姉である私だけ……。


 私だけ?



[朝蔵 大空]
 「そうだ、お父さん!お父さん……」



 私はお父さんに連絡しようとケータイをポケットから取り出す。


 だが、その時点で私の指が止まってしまう。



[朝蔵 大空]
 「……」



 出る訳ない。



[朝蔵 大空]
 「いや、お兄ちゃん、お兄ちゃんにしよう……」



 私はケータイでお兄ちゃんの方に電話を掛けた。



[朝蔵 大空]
 「ダメだ、出ない……もう」



 弟が大変だって言うのに何してるのよっ!!


 大事な物、家族って言ったくせに……。


 もう私が無理して(かつ)いで病院まで行くしかない、そう思った時だった。



[朝蔵 大空]
 「あ……メール来てた」



 私はメール欄を見て五木君からメールの返信が届いてた事に気付いた。


 そして何を思ったのか、他人である五木君に電話を掛けてしまっていた。


 ……。





 プルルルっ!プルルルっ!





 部活の筋トレ中、刹那のケータイが鳴り出した。



[部員A]
 「おーい!五木ー!ケータイ鳴ってるぞー!彼女かぁ~?」


[部員B]
 「リア充めー」



 部員が刹那にケータイが鳴っている事を知らせる。



[刹那 五木]
 「ん?彼女いないけど……」



 刹那が鳴っているケータイのそばまで行き、画面を見て目を見開いた。



[刹那 五木]
 (大空……?)



 刹那は大空の名前を見て少し固まったものの、大空からの電話にすぐに応じる。



[刹那 五木]
 「どうした……?」


[朝蔵 大空]
 『五木君!真昼が熱!凄い熱なの……!』



 電話の先の大空は激しく取り乱していた。



[刹那 五木]
 「真昼君!?何?落ち着いて……」


[朝蔵 大空]
 『どうしよう……!真昼、死んじゃうよっ……!』



 刹那が冷静に話を聞こうとしても全く落ち着く様子が無い大空。



[刹那 五木]
 「あー……待ってて、すぐそっち行くから、待ってろよ?」


[朝蔵 大空]
 「うん……」





 ピッ。





 電話は刹那から切られた。



[刹那 五木]
 「ちょっとおれ抜けるわ」



 急いで制服に着替えようとする刹那。



[部員A]
 「あー?何?」


[刹那 五木]
 「……彼女だよっ」



 そう冗談を言って笑う刹那だった。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「どうしよ……」



 五木君、すぐ来てくれるって言ってたけど……。


 私の家、覚えてるのかな?





 ピーンポーン♪





 私が五木君を待っていると、玄関のインターホンが鳴った。



[朝蔵 大空]
 「五木君!」



 私はすぐに立ち上がって玄関を開けた。



[刹那 五木]
 「はぁ……はぁ」



 そこには、五木君が激しく息切れをしながら立っていた、雨の中走って来てくれたんだなと思って私は嬉しい気持ちになる。


 やっぱり、すぐに助けに来てくれる。


 五木君に頼って良かった……。



[刹那 五木]
 「真昼君は?」


[朝蔵 大空]
 「あ、そうなの!真昼が、熱出しちゃって!倒れてて……大変で。私どうしたら良いか分かんなくて!病院とか連れてかなきゃダメだし……」



 私は五木君に説明をしようとして、訳も分からずその場をウロウロする。



[刹那 五木]
 「……大空」


[朝蔵 大空]
 「え?」



 五木君が玄関で靴を脱いだかと思うと、私の左腕を掴んできた。


 それで私の足は止まる。



[刹那 五木]
 「落ち着いて?」


[朝蔵 大空]
 「……う、うん」



 五木君は真昼の様子を少し観察した後、真昼を抱きかかえて階段を(のぼ)って行く。


 私はそれを追いかける。



[朝蔵 大空]
 「びょ、病院は……?」



 病院でちゃんと()てもらわないと。


 私がそう尋ねると……。



[刹那 五木]
 「ふっ、大袈裟。落ち着けよ、マジで」


[朝蔵 大空]
 「え……」



 私、大袈裟なの……?


 真昼は五木君の手によってベッドに寝かされた。



[朝蔵 大空]
 「真昼っ……」



 私は真昼のそばに駆け寄る。



[刹那 五木]
 「しっ」



 そうすると五木君は私に『静かに』とでも言うような仕草をした。



[刹那 五木]
 「あのね、真昼君ただの風邪だから。寝かせておけば治るやつだから」


[朝蔵 大空]
 「えっと……」



 私はあまりの五木君の冷静さにうろたえてしまう。



[刹那 五木]
 「風邪薬は?無いの?あるなら持って来て。あと水もね」


[朝蔵 大空]
 「あ、うん……!」



 私は急いでリビングにある救急箱から風邪薬を取って来る。



[朝蔵 大空]
 「真昼?」


[朝蔵 真昼]
 「お、お姉ちゃん……?」



 私が呼ぶと真昼は目を開けて私を見た。


 私は真昼に薬を飲んでもらうように頑張る。


 真昼が薬の粒を口に入れたら次はコップの水をゆっくり飲ませる。



[朝蔵 真昼]
 「ん、ゴクッ……はぁ」



 真昼は薬を飲むと、目を閉じて眠った。



[刹那 五木]
 「はい、ちょっと出て」


[朝蔵 大空]
 「……?」



 私は真昼の部屋から五木君に追い出されて廊下に出る。


 すると五木君も部屋から出て来て真昼の部屋の扉を閉める。



[朝蔵 大空]
 「えっと……」


[刹那 五木]
 「お前さ、もうちょっと冷静になれよ。電話の時もデカい声だったし。部活抜けて急いで来たのにコレかよ」



 そっか、五木君サッカー部の練習があったのに、それでも駆けつけて来てくれたんだ。



[朝蔵 大空]
 「ご、ごめんなさい、真昼が死んじゃったらどうしよって……私、どうしたら良いか分かんなくなっちゃって……」



 私は申し訳ない気持ちがいっぱいになって目から涙が(こぼ)れる。



[刹那 五木]
 「……ごめん。まあ、お前は昔からブラコンだよな。そう考えるとしょうがないかっ」



 五木君の表情は怒った顔からニヤニヤに変わった。



[朝蔵 大空]
 「えっ……」



 わ、私がブラコンだってバレてる!?


 なんで!?隠してるのに!!



[刹那 五木]
 「あーあ、おれキャプテンなのに。めっちゃ怒られるんだけど、どうしてくれるの?」



 そう言って五木君は私に目線を合わして意地悪そうに聞いてくる。



[朝蔵 大空]
 「ご、ごめんなさい!」



 私は勢い良く頭を下げた。





 ゴツンっ!





[刹那 五木]
 「いった……」


[朝蔵 大空]
 「いてっ!?」



 五木君と頭がぶつかってしまった!



[刹那 五木]
 「おい……」



 五木君は痛そうに自分の頭を(さす)る。



[朝蔵 大空]
 「あ、あの……本当にごめんなさい!」


[刹那 五木]
 「い、良いっ。てか、また声大きいし。あと、そんな素直に謝られるとなんか、な」



 私は声が大きいと言われて、ハッとして自分の口を手で押さえた。



[刹那 五木]
 「はぁ、お前って奴は。相変わらず……」



 五木君は何か言いかけて黙った。



[朝蔵 大空]
 「何?」


[刹那 五木]
 「……いや、お間抜けさんだと思ってさ」



 五木君がクスクスと私の顔を見て笑ってくる。


 だが私は怒る気にはなれなくて、視線を五木君の胸下辺りまで下げる。



[刹那 五木]
 「……なんだよほんとに。あーあ、もう帰るわ」



 五木君は不機嫌になって帰ろうとする。


 私は呼び止める事はしなかった。



[刹那 五木]
 「じゃあな」





 バタン……。





 五木君はあっさり家から出て行った。


 ……。


 そして夕方から夜になる。



[朝蔵 葵]
 「もーなんでお母さんに電話しなかったのよー?」



 文句を言いながら夕飯の皿洗いをするお母さん。



[朝蔵 大空]
 「うん……普通はそうするべきだったよね」



 でもあの時の私はお母さんに電話するより、何故か先にお父さんやお兄ちゃんに電話をかけようとした。


 そのくらい判断力が弱っていた。



[朝蔵 大空]
 「良かった、熱下がってる……!」



 私は真昼に体温を測らせていた。


 すると、熱は大分(だいぶ)下がっていた。



[朝蔵 真昼]
 「はぁ、あっつ!」



 真昼は布団を蹴ってそして起き上がる。


 そしてパタパタと上着の首元の布を仰ぐ。



[朝蔵 大空]
 「ちょっと真昼、安静にっ……」



 まだ寝てた方が良いのに……。



[朝蔵 真昼]
 「ねぇ」


[朝蔵 大空]
 「ん?なぁに?」


[朝蔵 真昼]
 「散歩行かない?」


[朝蔵 大空]
 「え……」



 久し振りの姉弟で夜の散歩。


 春の夜は割と静か。


 最寄り駅までの道をふたりでゆっくりと歩いて行く。



[朝蔵 大空]
 「もう大丈夫なの?」


[朝蔵 真昼]
 「うーん、うん」



 真昼は私の問いにダルそうに答える。


 ほんとに大丈夫なのかしら……。



[朝蔵 大空]
 「やっぱりまだ寝てた方が良かったんじゃない?戻る?」


[朝蔵 真昼]
 「はっ、お姉ちゃんしつこい、大丈夫だって言ってるじゃん」



 真昼はそう言って微かに笑う。



[朝蔵 大空]
 「そう……」



 私、心配しすぎなのかな……?



[朝蔵 真昼]
 「これ言って良いのか分かんないけどさ。刹那五木、家に呼んでたよね?ははっ、まだ縁切ってなかったんだ?」


[朝蔵 大空]
 「あ、うん。気付いたら、電話しちゃってて」



 真昼を助けたくて、五木君に助けてもらいたくて。



[朝蔵 真昼]
 「ふーん。あいつの事、許したの?」



 許したって……。



[朝蔵 大空]
 「うん、まあね。私もいつまでも怒ってないよ」



 私に何も言わずに急に引っ越しちゃった事なんて。



[朝蔵 真昼]
 「へー、あんな事されたのに随分寛容(かんよう)ですねー」



 真昼はジト目で私の事を見てくる。



[朝蔵 大空]
 「う、うん?」



 されたって言われてもそんな特に酷い事されてないけど……。


 なんか皆、五木君の事ちょっと悪者にしすぎじゃない?


 そう言えば里沙ちゃんも。


 そりゃ私もあの時は泣きじゃくったけど……。


 あれ?



[朝蔵 真昼]
 「どーしたの?」



 私は(あゆ)む足を止めてしまった。


 それは私がここである矛盾に気付いてしまったから。



[朝蔵 大空]
 「……え?」



 なんで里沙ちゃんが五木君の事知ってるの?



[朝蔵 真昼]
 「お姉ちゃん?疲れた?」


[朝蔵 大空]
 「あ、ごめん。い、行くよ」


[朝蔵 真昼]
 「……?」



 私の記憶だと、里沙ちゃんは五木君と出会ってすらいないはず。


 中学だって、五木君は同じじゃない。


 でも私が里沙ちゃんと会ったのは中学から。


 五木君は引っ越して中学は別になったはず。


 おかしい。


 でも、五木君は確か、私の記憶が正しいって……。



[朝蔵 真昼]
 「……ねぇ、お姉ちゃんなんか変だよ?」



 その時だった。





 ガララ……。





 前から誰かが歩いて来るのが見えた。


 私と真昼は少し身構えた。


 向こうから歩いて来るのは、キャリーケースを引いてくる派手な……人。



[朝蔵 真昼]
 「……あれ?あれーもしかしてー……」





 「レイニーブルー」おわり……。
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