悲恋の大空
 灼熱の太陽の下、ミギヒロは屋根の上に腰を下ろしていた。


 ──(しり)を少し浮かせて。



[加藤 右宏]
 「アチぃ……」


[アリリオ]
 「あれ、王子。こんなとこで何してんの?」



 見掛けたアリリオが空から降りてきて、ミギヒロの隣に立つ。



[加藤 右宏]
 「あいつが彼氏と電話するからっテ、オレを追い出しやがったんだヨー」


[アリリオ]
 「ふーん、ブラブラだね」


[加藤 右宏]
 「それ言うなら"ラブラブ"なー」


[アリリオ]
 「あぁ、そうだったね」



 そう言いながらアリリオは、ミギヒロの頭上に日除けとなる日傘を掲げる。



[加藤 ミギヒロ]
 「ウーん」


[アリリオ]
 「でも良いの?あの天使、天使のくせして人間と一緒になるんでしょ?もうひとりの方は帰ったみたいだけど……」


[加藤 右宏]
 「アイツが良いならそれで良いンだろー」


[アリリオ]
 「えっ、だからそれだと今までの計画が……パーになるって事じゃない?」


[加藤 右宏]
 「エっ?」


[アリリオ]
 「パーだよ」



 アリリオは両手を文字通りパーの形にしてひとボケを披露(ひろう)する。



[加藤 右宏]
 「計画が、パァ!!?」



 くつろいでいたミギヒロは勢い良く腰を上げる。



[アリリオ]
 「うん……王子、魔界に戻って勉強しなきゃね」


[加藤 右宏]
 「なっ……そ、ソれは」


[アリリオ]
 「……?」


[加藤 右宏]
 「そんなのダメだー!ぐぬぬ……なんとかなれー!」



 その時、空に一瞬黒い光が走った。



[卯月 神]
 「じゃあ僕バイトなのでそろそろ切りますね」


[朝蔵 大空]
 「あ、うん!じゃあね!」


[卯月 神]
 「はい」





 ピッ。





 ……。



[朝蔵 大空]
 「海!?」


[朝蔵 葵]
 「ええ、そうよ」


[朝蔵 千夜]
 「超良いじゃん!」


[朝蔵 真昼]
 「また急だね」



 今は夏休み序盤お母さんが突然、『明後日海に行くわよ』と言い出した。



[朝蔵 葵]
 「そう、巣桜さんに『ご一緒にどうですかー』って誘われちゃってね♪」


[朝蔵 大空]
 「そうなの?」


 
 巣桜さんって、燕さん達の事だよね?


 それって司くんも来るって事なのかな?



[朝蔵 千夜]
 「巣桜さん?……って、誰?」



 千夜お兄ちゃんが横を向いて真昼に尋ねる。



[朝蔵 真昼]
 「うちの隣の家の人」


[朝蔵 千夜]
 「えっ、あれ空き家でしょ?」


[朝蔵 真昼]
 「引っ越して来たの」



 それに真昼はゲームをしながら簡潔に答える。



[朝蔵 大空]
 「海ってどこの海?」


[朝蔵 葵]
 「いつものとこよー」



 "いつものとこ"って……。


 お母さん、最後に家族で海行ったのいつだって思ってるんだろ?


 私も最後がいつだったか曖昧だけど。


 ……曖昧、だな。


 ……。



[巣桜 燕]
 「今日はよろしくお願いしますー」


[朝蔵 葵]
 「こちらこそよろしくお願いしまーす」



 海に行く日の朝、互いの母親達が挨拶を交わし合う。



[朝蔵 大空]
 「……司くんは……?」


 司くんも来ると思ってたのに姿が見えないんだけど……。



[巣桜 燕]
 「ほら司、挨拶!」


[朝蔵 大空]
 「……?」



 不思議に思っていると、燕さんの背後から何かが顔を出した。



[巣桜 司]
 「うぅ……」


[朝蔵 大空]
 「!?」



 司くんずっと燕さんの後ろに隠れてたのー!?


 気が付かなかった!!



[朝蔵 葵]
 「司くん、おはよ」


[巣桜 司]
 「こ……こんにちはぁ……」



 司くんはか細い声で言葉を返した。



[朝蔵 真昼]
 「ふん、相変わらずみたいだね」


[朝蔵 大空]
 「うん……」



 全くもう司くんったら、狂沢くんが横に居ないとほんとダメになるよね。


 司くんの性格上、仕方無いけどさぁ。



[朝蔵 千夜]
 「かっ……」


[巣桜 司]
 「ぅっ……?」



 私達と並んで立っていたお兄ちゃんが、一歩前に出る。



[朝蔵 千夜]
 「可愛い〜〜〜!!」


[巣桜 司]
 「ひきゃっ……!?」



 お兄ちゃんは腕を大きく広げて司くんに飛んで抱き着く。


 周囲にはピンク色のハートマークが見える。



[巣桜 燕]
 「まあ……」



 燕さんはその様子を見て口をポカンと開けて驚いている。
 


[巣桜 司]
 「なっ、何するんですかぁ!?」


[朝蔵 千夜]
 「君が司くんだねぇ?めっちゃくちゃ可愛いじゃん!今度僕に着せ替えさせてー!」



 着せ替え……?


 お兄ちゃんの言う着せ替えって、女の子向けのラブリー系の服だよね?


 司くんだったらまあ……似合うとは思うけど。



[巣桜 司]
 「む、無理……」



 まずい、司くんがお兄ちゃんの陽のオーラに吐きそうな顔をしている。



[朝蔵 葵]
 「あらぁ〜、目の保養だわ♡」



 お母さんはその様子を見て、それはそれは微笑ましそうに頬に手を置いて眺めている。



[朝蔵 真昼]
 「お姉ちゃん()めて」


[朝蔵 大空]
 「……」



 真昼に言われ、私はお兄ちゃん達の方へと歩き出す。



[朝蔵 大空]
 「お兄ちゃん、自重して」


[朝蔵 千夜]
 「おっとー、すまんすまん。司くん♡今日は仲良くしよーね〜」



 お兄ちゃんってやっぱり男の人が好きなのかな……?


 我が兄、そこは謎である。



[巣桜 司]
 「ひゅるひゅるひゅる……」



 お兄ちゃんが司くんからやっと離れると、司くんはその場で(しな)びて倒れた。


 さぁ皆んな車に飛び乗って出発だ。



[朝蔵 葵]
 「気持ち良いわね〜」


[朝蔵 真昼]
 「あっつい……」


[朝蔵 千夜]
 「きゃー、ナンパされちゃったらどうしよー、真昼!お兄ちゃんの事守ってね♡」



 お兄ちゃんが真昼に擦り寄ろうとする。



[朝蔵 真昼]
 「近付かないで、気持ち悪い。暑いし」


[朝蔵 千夜]
 「もー♡そんな事言ってるけど真昼も、水着のお姉さん達ばっか見ちゃダメだよ♪」



 擦り寄ってくるお兄ちゃんを早い動きで真昼は()け続ける。



[朝蔵 千夜]
 「真昼も健全な高校生男子♡なんだからさー、やっぱりちょっとそう言うのに期待してるんじゃなーいの?♪」


[朝蔵 真昼]
 「ふん、まさか。ぼくは里沙さんにしか興味無い」


[朝蔵 千夜]
 「えー、あの子まな板じゃん」





 ピキっ。





[朝蔵 真昼]
 「貴様……里沙さんを愚弄(ぐろう)する気か」


[朝蔵 千夜]
 「おっとっと、これはやばい雰囲気……」



 次の瞬間、お兄ちゃんと真昼は砂浜で追い掛けっこを始めた。


 真昼に里沙ちゃんの事を馬鹿にするような発言はNGだよお兄ちゃん……。


 思い出すなぁ、ちょっと前私も里沙ちゃんと喧嘩した時も……。


 大空の回想。



[朝蔵 大空]
 「まったくもーあのクソトリプルAカップ調子乗りやがってー!」


[朝蔵 真昼]
 「……」


[朝蔵 大空]
 「……!? ま、真昼?」


[朝蔵 真昼]
 「お姉ちゃん、里沙さんと喧嘩したんだって?」


[朝蔵 大空]
 「うん……」


[朝蔵 真昼]
 「里沙さんの事泣かせたら承知しないからね、どうせお姉ちゃんが悪いんだからさっさと謝ってよね、ぼく里沙さんの方が大事だから、お姉ちゃんの気持ちなんてどうでも良いから、だから里沙さんの悪口言わないで気分悪いんですけど?」


[朝蔵 大空]
 「……はい」



 大空の回想終わり。


 あの時は一晩(ひとばん)泣いたなー、もう気にしてないけど。



[巣桜 燕]
 「兄弟仲が良いんですね〜」


[朝蔵 葵]
 「うっふふ、イケメンいるかしら♡」


[巣桜 燕]
 「もー、葵さんったら♪ハンサムな旦那さんがいるでしょう?」


[朝蔵 葵]
 「ええ、それは♡ 主人は仕事人間だから、滅多に家に帰って来ないんですー」


[巣桜 燕]
 「あら、うちも一緒でーす♪」



 お母さんと燕さんは、話しながら海の方に歩いて行ってしまった。


 その時、パラソルの下で座っている司くんが目に入った。



[朝蔵 大空]
 「司くん?」


[巣桜 司]
 「あっ、大空そん……ん!」



 司くんは『大空さん』って言おうとしたのだろうが。



[朝蔵 大空]
 「なんで噛むの?」


[巣桜 司]
 「ご、ごめんなさい!緊張しちゃって……」


[朝蔵 大空]
「わ、私別に怒ってないから……」


[巣桜 司]
 「う、うゆーん……」



 そんなに申し訳無さそうな顔しなくて良いのに……。



[朝蔵 大空]
 「隣、良い?」


[巣桜 司]
 「あ、はい!どうぞ……」



 そう言いながら司くんは横に少しズレてくれる。


 司くんの許可を得て私は司くんの隣に座る。



[朝蔵 大空]
 「さっきはごめんね、うちの兄が」



 私がそう言うと、司くんはびっくりしたような顔を私に向ける。



[巣桜 司]
 「えっ!あの人お兄さんなんですか?」


[朝蔵 大空]
 「うん……ああ見えてね。ごめんね、お兄ちゃん距離感バグってて」


[巣桜 司]
 「あっ、大空さんが謝る事は無いです……こちらこそ、ごめんなさい!」



 な、なんで司くんが謝るんだろう?



[朝蔵 大空]
 「……」


[巣桜 司]
 「ど、どうしたんですか?」


[朝蔵 大空]
 「あ、ううん、なんでもないよ」


[巣桜 司]
 「あ……そうなんですね」


[朝蔵 大空]
 「……」



 やばいなー、司くんと会話が続かない。


 って、せっかく海に来たのにふたりで座ってるだけなんて勿体無いよね?



[巣桜 司]
 「……」


[朝蔵 大空]
 「じゃあ……泳ぎにでも行く?」


[巣桜 司]
 「えっ、泳ぐ?」


[朝蔵 大空]
 「あ、うん。海だし」


[巣桜 司]
 「さ、鮫」



 司くんの顔が青ざめる。



[朝蔵 大空]
 「さめ?」


[巣桜 司]
 「鮫です! 食べられちゃいますー!」



[朝蔵 大空]
 「あー……」



 司くん、鮫が怖いから海にも入らずひとりで座ってたんだ……。



[朝蔵 大空]
 「じゃあ私だけ行って来ようかな」


[巣桜 司]
 「えっ、大空さん行っちゃうんですか……?」


[朝蔵 大空]
 「こう……波に身を任せてプカプカーっと浮かんでくるの〜」



 私はまるで自分がクラゲになったかのように、腕を動かして踊る。



[巣桜 司]
 「ふひひっ、なんかワカメみたいですね!」



 ワカメ!?



[朝蔵 大空]
 「もー、イメージしたのはクラゲだよー!」


[巣桜 司]
 「えーーーーーーー!!!!!」



 そんな驚く?



[巣桜 司]
 「ごほごほごほっ」



 司くんったら驚きすぎて()せちゃってるじゃん……。


 いちいち疲れそうな動きをする子だなぁ。



[朝蔵 大空]
 「ワカメの真似も出来るよ〜」



 私は同じように腕と腰を使って精一杯ワカメの物真似をする。



[巣桜 司]
 「あ、あまり違いが……」


[朝蔵 大空]
 「よーし、準備体操も終わったと言う事で。私、泳いできます!」


[巣桜 司]
 「大空さん!?」



 司くんと喋っている間にも、私は早く海に入りたくてうずうずしていた。


 私は海を目掛けて体を走らせる。





 ザプーン……!!





[朝蔵 大空]
 「ひえ、飲んじゃったしょっぱい……」



 私は海で泳ぐと言うよりも、ただ波に身を任せて浮かんでいるのが好き!


 でもたまに海の水を飲んでしまう……。



[若い男A]
 「俺さっき小便したわ〜」


[若い男B]
 「お前やば!俺もだけどー」


[若い男A]
 「ギャハハ!!」



 最悪!!



[朝蔵 大空]
 「うぇ……」



 タチの悪い冗談だと願いたい。


 プールとかでもそうだけど、水に入っててバレないからって公共の場で"する"人ってどう言う神経してる訳?


 トイレ行けよ!


 まあ……。


 私もだけど!


 なーんちゃって!


 冗談です、冗談ですー。



[朝蔵 大空]
 「……!」



 神聖な海で馬鹿な事を考えていたのがバチが当たったのか。



[朝蔵 大空]
 「あ、足つった」



 私は足をつらせてしまい、海の中へとひっくり返る。





 バシャバシャ!





[朝蔵 大空]
 「オボボボボ」



 し、死ぬ……。


 他人のおしっこが0.1%混じった海で溺れ死ぬ!



[朝蔵 大空]
 「助けてー!(水中)」


[???]
 「……!」


[朝蔵 大空]
 「……!?(水中)」



 今、何か聞こえた?



[朝蔵 大空]
 「ぷはぁ……っ!」



 私の体が何者かに支えられ、私はなんとか酸素を確保する事が出来た。



[朝蔵 大空]
 「あ、ありがとうございます!」



 誰かに救われた事を察し、私はお礼の言葉を吐き出す。



[巣桜 司(?)]
 「あー、焦った焦った。司の奴、自分で行けないからって人遣い荒いんだよ」



 頭上で、"司くんの声"でボソボソと何か言っているのが聞こえる。



[朝蔵 大空]
 「司くん!?」


[巣桜 司(?)]
 「……?」



 溺れた私を助けてくれたのは、さっきまでの司くんとは違う、違和感のある司くん?だった。


 ど……どうして?





 「進捗は夕方」おわり……。
< 54 / 54 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop