本当の悪役令嬢は?
「ミリアンか」
 セドリックの声が弾む。それはとても柔らかく艶めいたもので、彼の彼女への想いを如実に伝えるものでもあった。
 
 ミリアンは大きな瞳をさざ波のように揺らしながら、アドリーヌの肩を抱き寄せる。
「国王陛下、王太子殿下! どうか、お姉様をお許しください! わたしはこの通り毒による後遺症もありません。怪我だってしておりません! どうか寛大な措置を……!」
 
 突然温情を願い出たミリアンの登場に、周囲もざわつく。
 それは当然だろう。
 彼女は姉のアドリーヌに散々酷い目に遭わされて、あまつさえ殺されかけたのだ。それをすべて許してくれと言っているようなものだ。

「なんて優しいお方なんでしょう……」
「本当だな。それに彼女がきたら緊張も解けて、まるで春がやってきたような空気だ」
「春の乙女と比喩される令嬢だからな」
 
 アドリーヌに向けられた軽蔑した眼差しと違ってミリアンに向けられる視線は、尊敬の念がこめられていた。
 しかし、解氷したような空気もアドリーヌがミリアンの手を叩いたことで再び凍りついてしまう。

「同情は結構よ。ここでもいい子のふり? 本当に、わたくしと二人きりのときと態度が違うこと。ミリアン、あなたこそ悪役令嬢よ!」
「ひ……酷いわ、お姉さま……。どうしてそんなに私を嫌うの?」
 さめざめと泣き出したミリアンを庇う声が、周囲から漏れる。

「アドリーヌ様は性格が歪んでいるよ。ミリアン様の優しさを拒絶してなおかつ毒を吐くなんて」
「そうですわ。確かにミリアン様は少々貴族令嬢としての嗜みにかけるところがございますが、以前よりずっとよくなりましたし、それにそれを勝る優しさがございます」
「きっとセドリック様と仲がよろしいのを嫉妬していたのでしょう」
「仕方がありませんわ。……だって、ねえ……?」

 さえずりが途切れない中、セドリックが近づいてくる。アドリーヌも顔を向け破顔したが彼が引き寄せたのはミリアンであった。




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