私が仕えるお嬢様は乙女ゲームの悪役令嬢です
8 夢の出来事
普段元気すぎるくらいなのでつい忘れがちになるがお嬢様はご病気なんだと改めて気づかされた。
なぜかお嬢様は自室でなく離れの邸に移され、私は看病どころか、お見舞いもさせてもらえなかった。
メイド長が心配する私にこっそり教えてくれたが、きちんと薬を飲んでいてもお嬢様は私がここに来る少し前、五歳になりたてのころにも倒れたそうだ。
なんでもお嬢様の成長に薬の効能が追い付かないみたいで、新しく薬を調合し直さないといけないらしい。その薬が効いてくるのにも時間かかるということで、お医者様が付きっきりで詰めている。
奥様も看病に行っているので、乳母と一緒にビアンカ様の世話が私の主な仕事になっていた。
その間、母屋の二階から離れの方を見下ろしたり、母屋と離れを隔てる庭園の垣根辺りをうろうろするしかなかった。
コリンヌ、コリンヌと纏わりつかれていた時は正直、少しプライベートな時間も欲しいと思ったが、一週間以上も離れると私もさすがに気になってくる。
夕方になると垣根の辺りまで来て、その向こうに行けないか様子を探るのが習慣になりつつあった頃、垣根に隙間を見つけた。
大人なら通り抜けられないが五歳の私なら何とか抜けられる位の穴に潜り込んで、離れの敷地に入り込んだ。
しばらく庭をうろうろ歩いていると、見慣れた銀糸の頭が見えた。
「おじょ……」
声をかけようとして私は言葉を飲み込み、さっと隠れた。
それは背丈はお嬢様くらいだったが、アシュリー様ではなかった。そこにいたのは見知らぬ男の子だった。
彼はこちらに気づいてはいないようだ。
背格好はアシュリー様位だが、その初めて見る男の子は良くみれば髪の色もアシュリー様より青味がかっている。少し旦那様に似ているので、旦那様側の親戚の子なのかな。瞳の色も旦那様と同じみたいだ。
離れにはお嬢様とお医者様、それにご両親とメイド長だけがいるはず。
男の子はすぐにどこかへ行ってしまった。
「ここで何をしている?」
隠れていた垣根から出て来て、見知らぬ人に声をかけられた。
口の周りに髭を生やした灰色の長髪のおじさんだった。丸いメガネをかけて公爵様位の年齢だろうか。メガネの奥から覗く緑の瞳が私を見つめる。
「あ、あの、お穣様……」
「ん?君はコリンヌか?だめじゃないか、ここは君が来てはいけないよ」
「ど、どうして?」
何故私の名前を知っているのか訊ねる。こちらは知らないのに。
「公爵夫妻から君のことを聞いているからね。アシュリー様が心配だったのだろうが、勝手に来てはいけない。来た所から帰りなさい」
怒ってはいないが有無を言わせない口調だった。
「おじさんはどなたですか?」
「私か?私はアシュリー様の主治医だ」
「お医者様、お嬢様は大丈夫なのですか?」
いつもアシュリーが飲む薬を調合しているブライトン先生だとわかり、容態を訊ねる。私が倒れたりした時はアシュリーが側に居てくれたのに、私は側にいることができないのがもどかしい。
「峠は越えた。今は落ちた体力を取り戻しているところだ。もう少ししたら母屋に戻れるよ」
「よ、良かったぁ~」
先生の説明を聞いて一気に安堵しその場にへたりこんだ。
「おいおい大丈夫か?」
慌てて先生が助け起こしてくれた。
「あの、さっきここにいた男の子は?」
「ああ、彼はア、アスランと言って私の息子だ。私もずっとここに詰めているからね。着替えなんかを届けに私を訪ねて来たついでに庭に出ていたんだ」
「先生の息子さんでしたか」
「わかったかい、ほらさっさとお帰り。他の人に見つからないようにな」
先生に背中を押され、その場を追い出された。
先生の言った通りその二日後にお嬢様は母屋に元気に戻ってきた。
「ただいま、コリンヌ」
そう言ってアシュリーは私に抱きついてきた。
「お嬢様、お元気になられて良かったです」
闘病のせいで少しやつれたような感じだったが、抱き締める腕の力は前より強くなったように思うのは、久しぶりだからだろうか。
すっかり日常に戻ったと思っていたある日、王宮からお嬢様が第二王子の婚約者候補になったので、他の候補者とともに王宮に来るようにという手紙が届いた。
ゲームではお茶会のすぐ後だったが、今回は一週間以上後に届いた。後で聞いたが、お嬢様の容態が落ち着くまで待たれたということだった。
でも普通なら病弱だとわかったら候補から外れたりしないのかと不思議に思った。
もうひとつ不思議なのは、お茶会の時にはあんなに嫌がっていたお嬢様が、今回は素直に受け入れたことだ。もしかしたら実際に王子を見て気が変わったのかもしれない。
なぜかお嬢様は自室でなく離れの邸に移され、私は看病どころか、お見舞いもさせてもらえなかった。
メイド長が心配する私にこっそり教えてくれたが、きちんと薬を飲んでいてもお嬢様は私がここに来る少し前、五歳になりたてのころにも倒れたそうだ。
なんでもお嬢様の成長に薬の効能が追い付かないみたいで、新しく薬を調合し直さないといけないらしい。その薬が効いてくるのにも時間かかるということで、お医者様が付きっきりで詰めている。
奥様も看病に行っているので、乳母と一緒にビアンカ様の世話が私の主な仕事になっていた。
その間、母屋の二階から離れの方を見下ろしたり、母屋と離れを隔てる庭園の垣根辺りをうろうろするしかなかった。
コリンヌ、コリンヌと纏わりつかれていた時は正直、少しプライベートな時間も欲しいと思ったが、一週間以上も離れると私もさすがに気になってくる。
夕方になると垣根の辺りまで来て、その向こうに行けないか様子を探るのが習慣になりつつあった頃、垣根に隙間を見つけた。
大人なら通り抜けられないが五歳の私なら何とか抜けられる位の穴に潜り込んで、離れの敷地に入り込んだ。
しばらく庭をうろうろ歩いていると、見慣れた銀糸の頭が見えた。
「おじょ……」
声をかけようとして私は言葉を飲み込み、さっと隠れた。
それは背丈はお嬢様くらいだったが、アシュリー様ではなかった。そこにいたのは見知らぬ男の子だった。
彼はこちらに気づいてはいないようだ。
背格好はアシュリー様位だが、その初めて見る男の子は良くみれば髪の色もアシュリー様より青味がかっている。少し旦那様に似ているので、旦那様側の親戚の子なのかな。瞳の色も旦那様と同じみたいだ。
離れにはお嬢様とお医者様、それにご両親とメイド長だけがいるはず。
男の子はすぐにどこかへ行ってしまった。
「ここで何をしている?」
隠れていた垣根から出て来て、見知らぬ人に声をかけられた。
口の周りに髭を生やした灰色の長髪のおじさんだった。丸いメガネをかけて公爵様位の年齢だろうか。メガネの奥から覗く緑の瞳が私を見つめる。
「あ、あの、お穣様……」
「ん?君はコリンヌか?だめじゃないか、ここは君が来てはいけないよ」
「ど、どうして?」
何故私の名前を知っているのか訊ねる。こちらは知らないのに。
「公爵夫妻から君のことを聞いているからね。アシュリー様が心配だったのだろうが、勝手に来てはいけない。来た所から帰りなさい」
怒ってはいないが有無を言わせない口調だった。
「おじさんはどなたですか?」
「私か?私はアシュリー様の主治医だ」
「お医者様、お嬢様は大丈夫なのですか?」
いつもアシュリーが飲む薬を調合しているブライトン先生だとわかり、容態を訊ねる。私が倒れたりした時はアシュリーが側に居てくれたのに、私は側にいることができないのがもどかしい。
「峠は越えた。今は落ちた体力を取り戻しているところだ。もう少ししたら母屋に戻れるよ」
「よ、良かったぁ~」
先生の説明を聞いて一気に安堵しその場にへたりこんだ。
「おいおい大丈夫か?」
慌てて先生が助け起こしてくれた。
「あの、さっきここにいた男の子は?」
「ああ、彼はア、アスランと言って私の息子だ。私もずっとここに詰めているからね。着替えなんかを届けに私を訪ねて来たついでに庭に出ていたんだ」
「先生の息子さんでしたか」
「わかったかい、ほらさっさとお帰り。他の人に見つからないようにな」
先生に背中を押され、その場を追い出された。
先生の言った通りその二日後にお嬢様は母屋に元気に戻ってきた。
「ただいま、コリンヌ」
そう言ってアシュリーは私に抱きついてきた。
「お嬢様、お元気になられて良かったです」
闘病のせいで少しやつれたような感じだったが、抱き締める腕の力は前より強くなったように思うのは、久しぶりだからだろうか。
すっかり日常に戻ったと思っていたある日、王宮からお嬢様が第二王子の婚約者候補になったので、他の候補者とともに王宮に来るようにという手紙が届いた。
ゲームではお茶会のすぐ後だったが、今回は一週間以上後に届いた。後で聞いたが、お嬢様の容態が落ち着くまで待たれたということだった。
でも普通なら病弱だとわかったら候補から外れたりしないのかと不思議に思った。
もうひとつ不思議なのは、お茶会の時にはあんなに嫌がっていたお嬢様が、今回は素直に受け入れたことだ。もしかしたら実際に王子を見て気が変わったのかもしれない。