笑わぬ聖女の結婚~私の笑顔を見たいがあまり、旦那さまがヤンデレ化しています~
二、性悪侯爵の胸のうち
二、性悪侯爵の胸のうち

 エスファーン侯爵リシャールのもとに、王都から大聖女アリッサが嫁いできてひと月が経った。
 今宵もリシャールは妻の寝室を訪ねる。閨のためではない、かたくなな彼女の心を少しでも溶かすためだ。
「こんばんは、アリッサ。調子はどう?」
 艶やかな黒髪に透き通るような白い肌。聖女の証である聖石はアメジスト。瞳も同じ濃紫色だ。
 くるりとカールした睫毛や果実のような唇は、腕のいい人形職人の作品のよう。この人形めいた美貌で無表情だからこそ、彼女は蝋人形などというあだ名をつけられているのだろう。
「普通、です」
 機械仕掛けのように唇が開き、このひと月、毎晩聞いた答えが今夜も返ってくる。
 聖女は日に三回、祈りを捧げる時間がある。これによって王国から災厄を遠ざけてくれているのだ。それ以外の時間は「自由にしていい」と伝えてあったが、彼女はあまり部屋から出ることもなく読書などをして過ごしているようだ。

「しばらく、そばにいてもいいか? 俺は君とこうして静かに過ごす時間を気に入っている」
「はい。どうぞ、お好きなように」
 リシャールは新妻をそれはそれは大切にしていて、毎晩欠かさず通っている。
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