染まる紅葉
「おい、そこにいるんだろ?」


白いTシャツを羽織った男が煙草の灰殻をダイニングテーブルに押し付け、こちらの方を睨んできた。

どうやら居場所は特定されたらしい。

かと言って男は攻撃することもなく、ただこちらへ歩いてくるだけ。

一歩、二歩と進みは速くなり、仕舞いには目の前に立っていた。



心臓の心拍数が上がり、戸棚の入り口から遠ざかる。

殺されるかもしれないから。



男が扉を開けようとして、声がかかる。

それは先ほどの少年の声。

既に袋はなく、包丁だけを握りしめていた。

声からでも人を殺すという非人道的なことをやらされ、怒りが表れている。


「おい!てめえふざけんな!僕ばっかりにさせやがって!潰してやる!」

「できるものならやってみろよ」



男は近くに自分で持参したであろう鉈の柄を握りしめ、慎司君に刃を向けた。

しかし彼はそれに屈服することなく、包丁を構えたまま前へ進む。

慎司君の額には汗をかいていた。

かなり緊張している。



私は戦う様子を見ていられず、思わず大きな戸棚から出てしまった。

次の瞬間、男が私の方を凝視して目を見開いた。

そこにいたのは、稲刈り機のコックピットに座っていたおじさん。

あの時とは別人の険しい表情に、人間が変貌した時の恐怖を感じ取った。



「やっと出たか。お嬢ちゃんも殺して地面に埋めてやるよ」

 そう言われて鉈を向けられれば、身動きが取れなくなってしまった。身体が硬直して身動きが取れない。殺される!武器も持ってない私には、不利ではないか。

「怖がることはないよ。君のお友達のように優しく殺してやるから。わしは声を聞いたんだ」
「声……?」
「そう。祟りの神さまがわしに教えてくださったのだ。人間を殺害して地面に埋めれば、分解されてその栄養で木がなると。ここに生えている紅葉の木は全て元人間だ。紅葉以外の銀杏は何千年もの昔からずっと生えている。綺麗だろ」
「でも私の友達は……」
「ああ、もうすっかり紅葉の木になるために芽を生やしているだろう。他に祟りの神さまはこう言っていた。人間はたくさんの環境を汚してきた。水を汚し、大気を汚し、木を何本も伐採したと。だから自然を綺麗にするために、葬って自然に返すのさ」

 考えは歪んでいるが、あながち間違いではない。工場から黒い煙を出す国があったり、利益のためだけに木を伐採する輩が増えてきている。水には生活汚水を垂れ流しているところもあるので、人間中心の考えは未だになくなっていない。余りにも人間が増えすぎた。でも……。

「一人一人が気をつけていれば改善するはずよ!」

 水を最低限以上は使わないとか、海に捨てられたゴミを拾ってリサイクルするとか一人一人にできることは必ずあるはずだ。彼はそれをわかっていない。

「ふざけるな!何が改善だよ。人間が生活するためにはな、犠牲がつきものなんだよ!」

 男は握りしめていた鉈をあげておろし、切りかかってくる。それを一瞬で避けると、不幸中の幸い肩が擦れるだけで済んだ。
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