The Tricks Played by Destiny
じんじんとお尻が痛い。
彼にはレディーを丁重に扱うという紳士にあるべき振る舞いというか、常識がなかった。ふん、と鼻を鳴らして奴はあたしから離れてカチャカチャと音を鳴らし始めた。


そんなことを思っていてもあたし自身、生まれてこの方、そんな扱いを受けたことがない。
いつも家畜同前、もしくはそれ以下の扱いだった。



湿ってかび臭い部屋。
今にも臭ってきそうなくらい身体に、鼻に染み付いてる。


過去に捕われないように、と動く彼を見続けると、戸棚から皿を出して、鍋から温かそうな何かを注いだ。

そしたら、その皿をあたしの前に置いてスプーンも置く。
そのまま正面の空いた椅子を引いてそこに座った。



「食え」

「食えって……」



目の前の皿は湯気が立っている。トマトベースの具だくさんのスープを前にしてあたしのお腹は正直だった。
美味しそうで身体の芯から温まりそうなスープを前にしてまたも盛大に鳴り始めたお腹はもう収拾がつきそうにない。

ここが、川の向こうだとは理解している。
あたしの物差しでは物事を計れない非常識が常識としてまかり通る世界。

油断はならない。
隙を見せるのは得策ではない。


わかっている。
わかってはいる。

だけどっ!


誘惑には勝てない。
見知らぬ人間から食べ物が与えられ、何か裏があるに違いないと思ってはいるのだけど。


真意を読み取ろうと目の前の青年の顔を見るが、面倒臭そうにしているだけでそれ以上の感情は見えない。

さらには、あたしの視線に気付いて食わねぇなら捨てる、と言った。
それが決定打。
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